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7-素直になれないよ(1)

その日、俺の予想通り悠さんの機嫌は悪かった。最悪of最悪。 「俺は出ねぇかんな」 楽屋のパイプ椅子に浅く腰をかけて足を投げ出し、全身で不機嫌を主張している。 「とんだ詐欺だよ。ワンマンだって言われてさ、のこのこ付いてったらツーマンで、しかも三浦のクソ野郎と仲良くお喋りしてこいときた。なんか変だとは思ったんだよ。曲数少なかったしな。おい颯人、俺はてめえに言ったよな?はっきりと。三浦とは仕事しねえって。ああクソ、まんまと引っかかった俺が馬鹿だったよ」 楽屋のドア枠にもたれかかった俺は、うんざり顔を隠すのにも疲れて、悠さんに冷ややかな視線を向けた。 「悠さん、貴方プロでしょう?子供じゃないんですから、共演者で仕事を選ぶなんてワガママ、恥ずかしいと思いませんか」 「はん。知ったこっちゃねえ」 確かに初めにこの企画が持ち上がった時に悠さんに三浦さんとのジョイントコンサートの話をした。 そして「断固お断りだ」と言われた。 しかし主催者側はこのコンサートにかなり思い入れがあるようで、再三再四オファーをもらってもいた。 困った俺は所長に相談した。返答ははっきりと「つべこべ言わずにやらせろ」だった。 個人的感情を除けば、今回のコンサートは悠さんにとっても悪い話じゃない。 俺はこのイベントを決行することに決め、悠さんには三浦さんとの共演であることを黙っていることにした。 そして当日、開演まであと三時間、悠さんは初めて事実を知ってへそを曲げた。 「颯人、てめえは俺のことを少しは解ってくれると思ってたんだけど、違ったんだな。ただ淡々と仕事をこなしてるだけだったんだな」 悠さんの怒りの言葉に心を抉られる。悠さんもぐったりとため息をついた。 ……俺の個人的な思いとしては、悠さんに、意にそぐわないパフォーマンスはしてほしくない。 いつも精神的にも肉体的にもベストな状態で演奏してほしいと思っている。 しかし、そうはいっても悠さんや俺に絶対的な権力があるわけではない以上、望まない仕事だってこなさないとならない時はある。 こればっかりは諦めて、嫌いだろうがなんだろうが、『演る』以外の選択肢はないということは理解してもらうしかない。 「ステージのセッティング終わったんで、確認お願いしまーす」 スタッフが声だけかけて去っていった。 「私見てきます」 「無駄だぞ。やんねぇんだから」 背中に投げられた言葉はそのまま胸に突き刺さる。 「私は、悠さんの演奏を今日も聴けることを楽しみにしてます」 「ふん」 「私の本心です。信じないでしょうけど」 俺は一人、重い足取りでステージに向かった。

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