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8-なつのおもいで(1)
「夏だぜっ!」
各地三十度超えの天気予報を見て、山岡さんが元気な声をあげた。
「あー、良太がうぜぇ季節かよ」
応接スペースにひっくり返った悠さんがうんざりと応える。
悠さんとは、仕事の話しかしなくなった。
時折悠さんが私的な話をふってくることもあるが、俺は最低限の答えと取り繕った笑顔だけ返して話から逃げている。
正直なところ、俺は自分の気持ちが分からなくなってきた。
これだけ反省しているんだから、もう赦して元の関係に戻してもいいんじゃないかという気持ちと、あれだけ侮辱されたのだから、絶対赦さないという気持ちの両方が俺の胸の中にあって、後者の方が少しだけ強い。
けれど……、結局、中途半端に悠さんへの想いを捨てきれていないのだ。
赦さないと決められれば、悠さんとは仕事上の付き合いだけに割り切ってしまえるのに。
はぁ……。思い悩んでうじうじしている自分が情けない。
ため息をついていると、聞きつけた山岡さんが俺の顔を覗き込んだ。
「どうした颯人?辛気臭いぞ。夏は嫌いか?」
思わずちょっと笑ってしまった。
「え、えぇ、あまり暑いのは得意じゃないですね。山岡さんはマリンスポーツとかされるんですか?」
「サーフィンをちょっとな。子供が生まれてからしばらくやってないけど」
はは、陸サーファー。と笑う。
「なんつーか、夏は思いきり汗かいてはっちゃけられるから好きなんだよなぁ。海で思いっきり泳いだ後に食べるかき氷とか最高じゃね?ていうか夏の海が好きなんだな。生きてるって感じするじゃん。……あ、そうか、海か……」
ふと遠い目をした山岡さんは、唐突に応接スペースへ行って悠さんと話し始めた。
最初こそ面倒くさそうな顔をしていた悠さんが、途中から座り直して真剣に聞いている。
最終的に何やら笑顔で拳を打ち合わせて密談は終わった。
山岡さんはその足で所長室へ行き、身振り手振り交えながら熱弁している。
同意を得られたらしい山岡さんは、所長室から出てくるなり声を張り上げた。
「お前ら注目!!……”池田音楽事務所夏の強化合宿”を実施する!!」
は?
思いもよらない言葉に、呆気に取られた。
悠さん以外は皆同様で、ぽかんとしている。
山岡さんは続ける。
「場所はN県羽切 海岸、日取りは後で皆の予定を聞いて決める!質問があるものは挙手!」
「はい!」
勢いよく近江さんが手を挙げた。
「はい理沙ちんどうぞ」
「何を強化するんでしょうか!」
「うむ。よい質問だな。事務所メンバーの団結力を強化する!ワガママ放題でマネージャーを困らすような輩の根性を叩き直す!」
その言葉を聞いて、ざざっと皆が悠さんをふり返った。
悠さんはこの反応を予想していたようで、両掌を見せて苦笑いを浮かべた。
「はいはい。反省してますよ」
続いて桧山さんが手を挙げた。
「はい吹雪」
「このイベントは任意か?強制か?」
「当然全員強制参加だ!心配するな、費用については所長が一部負担してくださることになった。格安で夏を満喫するチャンスだぞ」
どうやら、山岡さんと悠さんが何か企んだようだ。
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