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8-なつのおもいで(16)
とりあえず、マネージャーだけは辞めないことに落ち着いて、悠さんがクールダウンしたところに、二人の携帯がどこか遠慮がちに震えた。
『飯食うぞー』
山岡さんからのメッセージだった。
「はあ……。気分じゃねぇけど、しゃあねぇ、行くか」
悠さんが外へ足を向ける。
「私はちょっと顔を洗って落ち着いてから行くので」
悠さんは足を止めた。
「じゃあ待ってる」
「いいですよ。構わないで先に行っててください」
「待ってるっつったら待ってんだよ。俺の勝手だろ」
少しいつもの調子を取り戻したみたいだ。
……こっちの方が……俺も、気が楽だ。
悠さんに心配されるのは、なんだか、違う気がする。
顔を洗って頭を冷やして、ついでに深呼吸する。
鏡の中の俺は、酷い顔をしていた。
光の消えたどんよりと暗い目で、こっちを見つめ返している。
額に小さくひっかき傷ができていた。
さっきシャワーを浴びた時は気づかなかったけれど、うっすらと血がにじんでくると、ちょっと目立つ。
髪で隠せないこともない場所だったので、前髪の分け目を変えてごまかす。
はあ……気がすすまない。
この最低な精神状態で、他のメンバーに会うのは中々の試練だ。
いつも通りにふるまえるのか、俺?
この楽しい合宿に水を差すようなことだけは避けたい。
……といっても、すでに悠さんとの言い争いを山岡さんに見られているのだけれど。
勢いよく息を吐いて、自分に気合を入れ直した。
黙って待っていた悠さんと一緒に、コテージの外に出る。
小さな広場になっている場所で、パーティーは始まっていた。
「遅いぞ悠、颯人!もう食い始めてるからな!食いもんは自分で確保しろ!」
山岡さんの言うとおり、昼間散々騒ぎ散らかした面々は、腹を空かせたハイエナのような勢いで食料を腹に収めていた。
「あっ?!てめえ吹雪!その肉は俺が焼いてたんだぞ!」
「そうか。ありがとな良太」
「食うなー!!おいおい圭吾、てめえのその肉も俺が焼いといたやつだぞ!」
「え、あ、いただきます」
「ばかやろー!!」
山岡さんの悲鳴が響き渡る。
そうかと思うと一方では、
「椎茸おいしいです」
近江さんがにこにこしながら椎茸のみ盛った皿を抱えている。
次から次に口へ運ばれる椎茸。
まさかの、椎茸しか食べてない。
「近江さん、栄養はバランスよく摂らなきゃ、お肌が健康的にならないわよ?」
そう言う所長はしっかり肉も野菜も確保して、優雅に酒を飲んでいる。
「いいんです!私は椎茸がいっぱい食べられるなら、多少肌荒れしても気にしません!!」
「そぅお?まあ食事は楽しむのが一番よね」
弱肉強食の男性陣と、マイペースな女性陣。
……うん。そういえば、俺ごときが水を差せるようなメンバーじゃなかった。
心配しなくても大丈夫。無理して取り繕わないで、自然体でいればいい。
グリルに向かって無言で取り分けていた悠さんが、「ん」と、俺に皿を差し出した。
「?なんですか?」
「颯人の。あんま食欲ないかもしれないけど、何か食えよ。あ、飲み物もいるか。酒?ソフトドリンク?」
「炭酸でないソフトドリンクを。なければお茶がいいです」
悠さんが俺に、というか他人に気を遣うなんて。
驚きすぎて素直に希望を言ってしまった。
「ん。オレンジジュースでいいか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
礼を言ってテーブルにつくと、自分の分を皿に盛ってきた悠さんが、向かいに座った。
会話はほとんどなかったけれど、久しぶりに二人で食事をした。
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