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8-なつのおもいで(18)

――だから、相手の男の顔を思いっきり殴って女とは別れてやったってわけ」 「なんだよ、結局別れたのかよ」 「当り前だろーが」 山岡さんの武勇伝を笑いながら聞いていると、話の合間に悠さんが席を立って手洗いに行った。 「あ、すみません。そこの缶チューハイ取ってもらえますか?」 「これ?」 「そうです。ありがとうございますー」 隣にいた二宮さんと桧山さんがそんなやり取りをしていたかと思うと、悠さんが戻ってきた。 「おい吹雪、俺の場所取るなよ」 「ん、あぁ悪い」 と言いながらも桧山さんは席を戻す気配はない。 俺から見て向かい側に悠さんが座っていたのだけれど、缶チューハイのやり取りで桧山さんと二宮さんがその悠さんの席の方へ詰めてしまっていた。 「戻んの面倒だから、悠そっち座れよ。ほら、酒」 悠さんが飲んでいたビール缶を寄越して、用意された席は俺の隣。 背後で悠さんが僅かにためらった気配がしたけれど、すぐにやってきて、その席に座った。 飲みかけのビールを飲み干すと、「良太、そこのビールくれよ」と二杯目を要求した。 「あいよ」 山岡さんから俺経由で悠さんにビールが渡る。 俺が缶を渡すと、悠さんは一瞬俺の目を見つめた。 悠さんは、何かを(こいねが)うような、真摯な目をしていた。 俺はそのまなざしを受け止めきれなくて、思わず振り切るように目を伏せて前を向いた。 悠さんに半分背を向けるようにして、山岡さんに話しかける。 「意外と山岡さん喧嘩っ早かったんですね」 「そだなー。アホだったからなー。でも流石に結婚してからはやってないからな?」 懐かしそうな顔をして語る山岡さん。 その時俺は、斜め後ろについた手に、悠さんの指が触れて寸時息が止まっていた。 偶然か故意か分からないけれど、人差し指が重なっている。 温かく優しいそれに、俺は何も応えられず、ただただじっと伝わってくる熱を享受していた。 やがて、悠さんは愛おしむようにそっと俺の指を撫でた。 せめて俺から指を絡めるか、きっぱり手を離すかどちらかの反応をしてもよかったのに、不甲斐ない俺は、身動き一つせずに悠さんに甘えた。 ◇ ◇ ◇ 二次会が終わり、片づけをして悠さんたち三人は帰っていった。 午前零時。 「明日も長距離ドライブだからな!颯人、またよろしくな」 「あはは、お互い頑張りましょう」 「おう。さ、寝るべ寝るべ」 「おやすみなさい」 「おやすみ」 ベッドに潜り込み、灯りを消した。 ……。 目を閉じても開いても同じ暗闇の中で、俺は相も変わらず悠さんのことを考えていた。 久しぶりに共にした食事は、美味しかった。 また俺が犯されたことを知って、無事を確かめに来た悠さん。 俺がマネージャーを辞めたら、ピアニストを辞めるとまで言い切った悠さん。 真摯な目で見つめてきた悠さん。 意地っ張りな俺のせいで、苦しめてしまっているのだろうか。 でも。 脳裏をよぎるのは、俺を睨みながら三ツ橋さんにキスをしていた時の悠さんの目。 どの目を信じたらいいのか分からない。 ふと暗闇の中で山岡さんの声がした。 「なー颯人ー。寝た?」 俺は、寝たことにして黙ってじっとしていた。 「寝た、か。あーあ、最近俺、独り言が多いんだよなー。爺になってきたのかな」 山岡さんはそのまま呟くような声量で続ける。 「悠……どうしようもない馬鹿でワガママのスットコドッコイだけど、颯人と一緒にいる時だけは本気で幸せそうなんだよなあ……」 しみじみと呟く山岡さん。 「最近颯人と悠、喧嘩したみたいだけど、いつかまた元のように二人一緒に笑ってるとこ見たいなあ……」 閉じた目蓋の合間から、一筋涙が零れた。

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