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9-スキ、キライ、スキ(2)
悠さんはあっという間に食べ終わってソファにもたれる。
悠さんはどちらかと言うと早食いだ。
そして俺はどちらかと言わなくても食べるのが遅い。
だから、悠さんが先に食べ終わって、携帯を弄りながら何をともなく話をふってくるのがいつものパターンだ。
だが今日は携帯を手に取りかけて、あ、とふと何かを思い出したような声を上げた。
「……なんですか?」
俺が訊くと、弁当の入っていた袋に手を突っ込んでがさがさ探して、一通の白い封筒を取り出した。
「コンビニ行くついでにポスト見たら、俺宛になんか来てたんだった」
表には事務所の住所と「池田音楽事務所 小原悠様」が、女性の手書きと思わしい字で書かれている。
「差出人を書いてねえんだよ。誰だか知らないけどよ。ファンレターか何かか?」
悠さんが封筒をひっくり返して裏面が俺の方を向いた。
横長のその封筒は、シールで封がされている。
「颯人、ハサミ持ってるか?」
「はい」
俺はデスクに戻り、引き出しからハサミを取り出した。
「……」
封緘のシールが引っかかる。
ボタニカルなそれを、どこかで見なかったか?
見たはず。脳裏に記憶の残滓がこびりついている。
絶対どこかで見たはず。どこだ?
「食事中に悪いな、さんきゅ」
ハサミを悠さんに渡して、考えながら元の位置に腰を下ろす。
しゃき、しゃき、しゃき。
悠さんが封筒の端を切っている。
「!駄目ですっ」
ようやく思い出した俺は、思わず反射的に手をのばしてハサミごと悠さんの手を掴んだ。
「なっ!なんだよ颯人!危ねーだろが!!手ぇ切るぞ!」
悠さんが驚いた拍子に開封された封筒がテーブルに落ちる。
それはスローモーションではっきりとした軌跡を見せながら角を下にしてテーブルの上に落ち、コン、とわずかに弾んでテーブルとソファの間に消えた。
「うわ」
足元を見た悠さんが思わず声を上げて足を避けた。
今更だが、俺は呟いた。
「その人、前にストーカーで警察に相談した……」
「……そういうことかよ」
テーブルの反対側から身を乗り出して封筒を取ろうとしたら、悠さんに肩を抑えて止められた。
「見る前に……飯食っちまって、茶飲んで一息ついた方がいい。このまま触らないで置いとくから」
「中身は何だったんですか?」
「後で見れば分かるから。とにかく飯食い終われ」
珍しく神妙な顔で悠さんがそう言うものだから、俺も大人しく言うことをきくことにした。
残ったシュウマイを白米と共に口に押し込んで咀嚼する。
飲み込んでお茶を口にする。
朝買って今は常温になったペットボトルの玄米茶。
封筒の中身を早く見たくてしょうがないが、悠さんが見張っていて、断固として俺が一息つくまで見せるつもりはないらしい。
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