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9-スキ、キライ、スキ(3)
ゆっくりお茶を飲みながら、記憶を掘り起こす。
件のストーカーとは一人の女性ファンだ。
しばらく前のことだが、悠さんに尋常でない量のファンレターを寄越し、挙句には直接悠さんの周辺に現れ、自宅まで特定して跡をついてくるようになった。
悠さんは『素行調査』と言って笑っていたが、何かあってからでは遅いのだ。
しまいには悠さんの自宅周辺をうろつくまでに至って、警察に相談した。
確か俺が悠さんのマネージャーになって半年くらいの頃の話だ。
それきり姿を見せなくなって安心していたのだが、今になってまた悠さんに執心し始めたようだ。
お茶を飲み終わり、空の弁当箱をバッグにしまってデスクに置いてきた。
「お待たせしました。食べ終わりました」
「ん。うん……」
気が進まない様子で悠さんが手を伸ばして、床に落ちた封筒を拾い上げる。
下に手を伸ばした状態のまま、顔を上げて俺にもう一度確認した。
「腹落ち着いてるな?大丈夫だな?はっきり言って気色悪ぃぞ」
「はい。大丈夫です。覚悟できてます」
「なんかテーブルに直で置くのやだ。いらない紙ねぇか」
俺がコピー用紙をテーブルに敷くと、悠さんが拾い上げた封筒をその上に置いた。
「……」
思わず顔が歪む。
白い封筒には、便箋と、二十センチほどの黒髪の束が入っていた。
封筒からぞろりとはみ出した黒髪は、真ん中あたりで赤い糸で縛られている。
長さからして女性の髪だろう。
それはあまりに異様な光景だった。
まるでホラー映画の一コマが誤って日常に紛れ込んでしまったかのように現実からかけ離れている。
俺が言葉を失っていると、悠さんが髪を避けて便箋をつまみ上げた。
「あー。懐かしいな、コレ。また来ちまったか」
開いた便箋には、小さな字が罫線に沿って蟻のように並んでいる。
俺のところからは読めなくて、内容は分からないけれど、以前と同じであれば、悠さんの最近のコンサートや各種メディアにおける活動についての感想と、『逢いたい』という想いが、一途に、と言っていいのだろうか、ただひたすらに書き連ねてあるのだろう。
俺は便箋を悠さんから取り上げて封筒に戻した。
「こんなの、読まなくていいです」
突然の俺の行動に、悠さんが軽く目を見開いた。
「どした、颯人。まあ異様だけど、一応ファンレターだぞ」
「いいんです。どうせすぐにまた次のが来ます。それでそのうちストーカーが始まりますよ。警察に連絡しないと」
携帯に手を伸ばした俺を、悠さんが止めた。
「落ち着けよ颯人。らしくねぇぞ。まだ手紙しか寄越してないんだ。ご本人登場までいかないと、警察屋さんだって動いてくれねぇよ」
止めた手をぽん、ぽん、と軽くたたいて宥められる。
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