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9-スキ、キライ、スキ(9)
所長の言っていた通り、翌日からは怒涛のマスコミ対応に追われた。
合わせて、予定していたイベントのキャンセルラッシュ。
時折山岡さんや近江さんの手も借りつつ仕事に没頭して、俺は何かから逃げるように駆けずり回った。
悠さんは翌日には目を覚ましたらしい。
見舞いに行った山岡さんと桧山さんから聞いた。
所長も、近江さん二宮さんも、折を見て病院に顔を出した。
俺は皆から話を聞いて、確実に快方に向かいつつある悠さんの容体に安堵を抱いていた。
「なー、颯人?」
「結構です。大丈夫です」
隣席から山岡さんが聞いてくる。内容は予測できたから、俺は即答して、失礼なくらいに会話をシャットアウトした。
「俺にまでそんなつれなくしなくてもいーじゃねぇか。頼むから悠に顔を見せてやってくれよ。颯人、見舞いに行ってないんだろ?」
「最初に病院まで付き添いました」
「その後だよ。うっさいんだよ、悠が。颯人のことをさりげなく訊こうとしてさあ。全然さりげなくできてねぇし。事務所の皆元気か?って、颯人以外全員の顔見てるだろっつの。事務所の皆じゃなくて颯人のこと聞きたいの見え見えなんだよ」
「私は元気でやってますって伝えておいてください」
「いやいや、それじゃ満足してくれねぇんだって。あいつ、しつっこいくらいに、颯人に会いたがってんだよ。言い出したらきかねえの、知ってるだろ?」
「そのうち退院して仕事に復帰するでしょう?そうしたら嫌でも顔合わせますよ」
「そりゃそうだけどさぁ。まだ先の話じゃねーか。悠のやつ、今すぐ連れてこいって目で見てくんだもん。なぁ、頼むよ颯人ぉ」
悠さんが俺を呼んでいるらしい。
俺としては、まだ仲がこじれたままの状態で悠さんが入院してしまったので、素直に見舞いには行きたくないのだ。
悠さんの考えは違うようだけれど。
「はぁぁ。それはそれとしてさぁ。明後日、打ち合わせなんだっけ?」
「はい。桧山さんにも用があるようなので、一緒に行っていただきたいのですが」
「ほいほい。仕事があるなら俺はどこでも行きますよぉ」
◇ ◇ ◇
打ち合わせの内容は、年末のカウントダウンコンサートだ。
毎年、クラシックやポップスで新年を祝っている。
医師の見立てによると、悠さんは十二月頭には退院できるという話なので、このイベントはキャンセルせずに置いておいた。
出演を予定していたヴァイオリニストに欠員が出てしまったので、桧山さんに出演してもらえないかという打診だった。
「でかい仕事で嬉しいんだけどよ……やっぱりカウントダウンか……まあ、この稼業じゃ一大イベントだもんな……しょうがねぇ……くっ……」
帰りのタクシーで、山岡さんが泣いている。
「あの、なにかマズかったですか……?」
俯いた山岡さんの顔を下から覗き込むようにして様子をうかがうと、山岡さんは顔を上げて苦笑した。
「あ、颯人のせいじゃねーからな?この仕事やってる以上避けられないんだけどよ。俺、うちの子供らと年明けを祝ったことがねーわけですよ。クリスマスからほとんど家空けてて、元旦のおせちも食べ終わったころにふらふら帰ってきて爆睡コースがお決まりでさ。まあ年明けちまえばのんびりできるんだけどな」
「ああ……それは……なかなか寂しいですね」
「だろ?まあもう慣れたんだけどよ。子供らもそういうもんだと割り切ってるしな」
「はは。……?あ、あれ?この道違いません?さっきの道曲がらないと、事務所帰れないですよ?」
俺たちを乗せた車は、見慣れた道を過ぎて、あらぬ方向へ走っている。
行き先は、タクシーに乗り込むときに山岡さんが運転手にメモを渡していたはず。
「ん?道混んでるんじゃね?回り道してるんだろ」
「そう、なんですかね……?」
腑に落ちない。
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