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10-大団円(1)

「はーやとっ!颯人!なあ、颯人ってば、おい!」 悠さんを迎えに来たら、今日はまだ朝食を摂っていないと言うので、キッチンを借りてぎこちなくオムレツなど作っていると、ソファで音楽雑誌を広げていた悠さんが嬉しそうに見せに来た。 「なあ、見てくれよ、これ」 あいにくと今俺は全神経を集中させてオムレツの整形中だ。 「ちょっと今は……」 フライパンを傾けて、菜箸を使ってオムレツの形を作る。 最近ようやくできるようになってきたのだが、まだ三回しか成功したことがない。 「おい!!こっち見ろっつーの!!!」 俺様最優先の悠さんが、焦れて俺の耳を引っ張ってむりやり雑誌に目を向けさせた。 視界から消えたフライパンはしぶしぶ五徳の上に戻す。 駄目だ、失敗だ。 諦めた俺は火を止めて悠さんが執拗に見せてくる雑誌に視線をおとした。 「ああ、この間のコンサートのレビューですか。べた褒めでしたけど、何か気に食わないんですか?」 「ちっげーよ。このレビュー書いた先生様。こいつがさあ、 今までは毎回散々俺のことをこき下ろしてくれてたんだよ」 過去の記事をいくつか見せられた。 確かに、『経験不足』、『未熟』といった表現が目につく。 「な?それが今回は手のひら返したように褒めててさぁ。金でも包んだ?」 不審そうな顔で悠さんが見てくる。 「何言ってるんですか、そんな事しませんよ。だいたい、そんなことしても意味ないでしょう?正真正銘、悠さんの実力ですよ」 最新のレビューにはこうある。 『今までは若さからの勢いのみで走り、技巧に頼りすぎている部分が少なからずあったが、今回は一転して、技巧はもちろんだが、感情表現が豊かになっており、演者の成長ぶりがうかがえた。今後の更なる躍進が楽しみである』 確かに最近は、ひときわ波乱万丈な日々ではあったが、それが悠さんにはプラスになったらしい。 「そっか。……颯人、ありがとな」 「え?何がですか?」 悠さんが照れくさそうに笑った。 「俺の演奏がほんとに良くなったんなら、きっとそれは颯人のお陰だから」 「悠さんらしくないこと言わないでくださいよ。悠さんの努力の賜物でしょう?」 ついと悠さんが視線を外し、居心地悪そうに頬を指でかいた。 「いや、絶対颯人だって。この時、ずっと颯人のこと考えながら弾いてたから」 「え。……は?」 「終わったら颯人に何て言おうかな、とか、どうしたら颯人が俺に甘えてくれるかな、とか色々考えてた」 「完全に上の空じゃないですか。演奏に集中してなかったんですか」 俺がちょっと白い目を悠さんに向けると、悠さんは慌てた。 「いやいや、演奏のことも考えてたぜ?このフレーズ颯人好きそうだな、とか、今ちゃんと後ろで颯人聴いてくれてるかな、とか」 「それを上の空って言うんです」 あ、どうしよう、まずいな。 今どうしようもなく、このダメダメな悠さんにキスしたい。 だって、数千人の前でずっと俺を思いながら演奏してたとか、嘘でしょう? 嬉しすぎて、悠さんを抱きしめてキスの嵐を浴びせたい。 いやいや、我慢だ、俺。 悠さんを甘やかすのは禁物だ。 「だって、しょうがないだろ!勝手に颯人の顔が頭に浮かんでくるんだから、そりゃ、色々考えもするだろ!颯人のせいだぞ。颯人が可愛いのが悪い」 悠さんは開き直った。 何言ってるんですか。可愛いのは俺じゃなくて悠さんでしょう? いい歳して、本番中なのに俺のこと考えてるなんて。 思春期の少年じゃあるまいし。 ああ、悠さんにキスしたい。今すぐに。 ダメだって解ってても、キスして、抱きしめて、思いきり甘やかしたい。

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