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10-大団円(6)
音楽堂について、裏手に車を止めて関係者出入り口から中に入る。
いきなり懐かしい顔にぶつかった。
「あ!あ!あ!越野さん!お久しぶりです!本当にマネージャーやってるんですねぇ……」
「あはは、そうだね。久しぶり」
「好きすぎてマネージャーになるって、越野さんらしいです」
「はは、そう?」
新しい顔もいくつかあったけれど、ほとんどが変わっていなかった。
見知った顔に挨拶しながら楽屋に向かう。
「悠さん、早急に衣装の確認をお願いします」
「へーい。……颯人さぁ」
「はい?」
糊のきいたシャツの袖をとおしながら悠さんは拗ねたように口を開いた。
「ここのスタッフには敬語じゃないんだな」
「そうですね。十年いましたし……ここでは敬語じゃないほうがスムーズに行くので」
「なんで俺には敬語なんだよ?ため口でいいだろ」
「いえいえ、悠さんは尊敬してますから」
「尊敬?!違うだろ、恋人だろ?!」
「はいはい、ちょっと声が大きいです」
「クソ!鼻であしらいやがって。ほらよ、衣装大丈夫だったぜ」
すっきりとタイトな仕立ての燕尾服に身を包んだ悠さんは、鏡で見ながらネクタイを整えた。
「これもなー、あんま好きじゃねぇんだよな。前にCM撮ったときみたいに、ワイシャツにネクタイでいいじゃん」
「来年は変えてみます?お客さんに対してちょっと敷居を下げる意味でも」
朝焼けの中ピアノを弾く悠さんを思い出して、俺は言った。
「どうせもう髪色で叩かれてますし。ある程度フォーマルならいいんじゃないですか」
「お、おう、はっきり言ってくれるな颯人。そうだな、よーこー先生もめっちゃ平服でコンサートやってたもんな……変えようぜ」
「衣装代もおさえられますし」
「ぅおい!本音出たぞ今!」
「ふふ。私はあのCMの悠さん好きですよ。かっこいいです」
「ふふん。当り前だろ」
得意気に鼻を高くする悠さん。くるくると変わる表情が愛おしい。
ずっと二人きりでいると、また何か始めてしまいそうなので、俺は外に出ることにした。
「ちょっと挨拶がてらステージ見てきますね」
「おう」
事務室に顔を出し、支配人室を覗く。
一年という月日は大きな変化をもたらすものではないようだったけれど、俺の居場所はもうここではなく、悠さんの隣なんだと今更ながら実感した。
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