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第一章・9

 日が傾きかけた、魔導学校のはずれ。  林の中の古井戸に、明は向かった。  一日暑い日差しの中にいて、さすがに夕食前にざぶりと水を被りたかったのだ。  共同浴場は候補生たちでごったがえしており、入ればなおの事暑苦しくなりそうだった。  あまり人の近づくことのない穴場のはずだったが、今日は珍しく先客がいた。  白い背中に淡い色の長い髪が張り付いて、まるで抽象の絵画のようだ。  顔はあちらを向いてはいるが、見なくても解かる。 「あ」  名前を呼びたかったが、その後の声が喉に張り付いてうまく出てこない。  驚いたように振り向いた愛は、明の姿を見ると大きな目をさらに丸くした。  愛は、明の次の行動を待っていたが、そのまま黙って動かない相手に自分から声をかけてきた。 「左近充様、ですね? 申し訳ありません。今すぐ出ますから」 「え? あ、いやいやいや、ゆっくりしてくれ。全然かまわない」 「でも」 「いいから!」  愛は再び後ろを向くと、長い髪をまとめて前に垂らし水を落とし始めた。  そうは言われても、やはり水浴を終える準備をし始めたようだ。  明はその背中のくぼみを見ていた。 (痩せてるな)  筋肉、というより基本の肉が足りない。  ちゃんと食べてるのか。  そんな事を考えていると、愛が振り返り、こちらへ向かって歩いてくる。  明は、あわてて顔をそむけた。

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