72 / 259
第一章・72
「道なんかねえじゃねえかよ。ホントに大丈夫なのか」
「校長先生は、それから月に向って歩くようおっしゃったよ」
「月に向って、だと。ずいぶんアバウトだな。はっきり東、って言えばいいのによ。もったいつけやがって」
がさがさと草をかき分けながら、どのくらい歩いただろう。
ふと会話が途切れた時、 二人は甘い香りが漂ってくることに気づいた。
「バラの香りだ」
「明、見て。あれ!」
「……でかい」
あれは本当にバラの木なのか。
そもそも、バラというものはここまで大きくなるものなのか。
明は眼を疑ったが、バラの濃厚な甘い香りは確かにそこから流れてくる。
先ほどのクルミの木より、ひとまわりは大きいバラの巨木が二人を迎えた。
信じがたいことに、赤や白、黄色に桃色など、あらゆる色のバラの花がその木には咲いている。
よくよく見てみると巨木は一本ではなく、たくさんのバラの木が複雑に、ひとつに絡み合って成り立っていた。
老いた木が枯れれば、また新しい若木がその代わりをするように生え、脈々とこの木々の歴史を作ってきたに違いない。
ともだちにシェアしよう!