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第三章・29

「筋のいい子が鷲座に現れたら、その子を教えた後に魔導衣を譲って辞めるよ」 「なぜだ、川嶋。引退を急ぐ理由は!?」  東郷は手にしたサンドウィッチを握りつぶしながら問うた。  だが、川嶋の返事は歯切れが悪い。 「え? それは、その、つまり。いや、訊かないでくれる?」  ひとりの女として幸せな結婚を望んでいるから、などとは口が裂けても言えない。  ましてや、そのお婿さん第一候補の東郷が目の前にいるのだ。  魔闘士同士での結婚は、かたく禁じられている。  大魔闘士の東郷がその座を降りることはまずありえない。  では、自分が辞めるしかないではないか。  それきり黙ってしまった川嶋の横顔を見ながら、東郷はだらだらと汗を流していた。 (魔闘士を辞める、だと。川嶋、やはり君は魔導学校に背くつもりなのか!?)  は、と柊一は自分の頬に白い指が触れるのを感じた。 「ふふ。うまくいくといいね」  愛は、柊一の頬に付いていたピクルスをつまんでぱくりと口に運び、にっこり微笑んだ。 (うまくいくといい、って、愛。一体何がうまくいくといいんだ? 解からん! 誰か教えてくれ!)  幸せそうな笑顔の川嶋と愛をよそに、東郷と柊一はじっとりと背中に汗をかいていた。

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