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第四章・29

「大丈夫ですか? 救急車を呼びましょうか?」  路地奥にうずくまっていた男の背中を撫でさすりながら、愛はそう声をかけていた。    素早く。  しかし音もなく、雑居ビルの勝手口が開かれた。  そして、男の顔を心配そうに覗き込んでいる愛へと、複数人の男の手が伸びてきた。 「んンッ!?」  手足をつかまれ、鼻と口の両方を折りたたんだ1枚の布で塞がれた。かすかに、酸っぱい香りがする。 (ヘロイン!?)  毒物を扱う事から、愛はそういった薬物の特徴もよく学習していた。 ドラッグを吸わないよう、すぐに息を止めたところで、物凄い力でドアからビル内へ連れ込まれた。  何が起きたか、解からないくらいだ。  そのくらい、乱暴に扱われた。  顔の半分以上を塞がれているので、視野も狭くなっている。  どうにかすると眼まで覆ってしまう布がようやく外されたのは、仮眠用の質素なパイプベッドに手錠で繋がれてしまった後だった。

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