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第五章・16
少しのんびり行こうか、と言い出したのは明だった。
都心を出て区内まで、ご丁寧に鈍行を使って移動した。
快速を使えば、あっという間の道のりなのに。
さらに駅からマンションまでの道のり。
そこで再び明は、少し歩こうか、と提案してきた。
事後のだるさは、乗り物で移動している間に随分和らいでいた。
風に当たりたい気持ちもあったので、愛は明と肩を並べて歩いた。
乗り物に乗っている間もそうだったが、明はよく喋った。
もとよりサービス精神の旺盛な男だ。
沈黙で相手を手持無沙汰にさせるのは、好まないのかもしれない。
しかし、とも思う。
(黙っていても、明の事をつまんない男だ、なんて思いやしないのにな)
逆に、黙ってただ手を繋いでいるだけでも雄弁な事だってあるだろう。
明の話は、どれも面白かったし楽しかった。
お昼に食べたエスニック料理についての薀蓄を始め、コーヒーの歴史や淹れ方、煙草の銘柄と裏話。
使ったホテルの事まで話してくれた。
だけどやっぱり、一番聞きたい言葉は言ってくれないのだ。
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