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転1
ソレは突如、起こった。
バロセロナから帰って来ると言う知らせを巴から受けた翌朝だった。
朝日もまだ昇り切っていない時間に固定電話からベルが鳴る。
こう言う時間帯の電話はよくない。嫌な予感しかしない電話に出ると、ソレは巴のおばさんからだった。
『あのね、朔良ちゃん、落ち着いて聞いて』
そう言う出だしから始まる言葉は最も緊張感があって耳奥が痛い。
「どうかしましたか?」
緊張のせいで乾いた口からそう言葉を絞り出すと電話口で話すおばさんの声も震えていた。
なのに、
『巴が…ね、今朝、事故にあったの…』
そう言うおばさんの声は矢鱈大きくって、僕は「なんて言ったの?」と聞き返していた。
『もしもし?朔良ちゃん?ちゃんと、聞こえてる?巴が、今朝、事故にあったの』
もう一度そう言うおばさんの後ろからおじさんの嗚咽が聴こえて来て、ふざけているんじゃないと理解した。瞬時、激しい動悸と吐き気がしたが、取り乱してないおばさんの事を思うと僕も冷静でいないといけない気がした。
「解りました。あの、おじさんの様子は?」
そう言うのは、おじさんがココまで取り乱した所を見た事がないからだ。ソレに、彼の様子で巴の容体が酷く悪いのは直ぐに解った。
『余りの突然な事で、大泣きしちゃって』
「大丈夫なのですか?」
『ええ、大丈夫よ』
ココまで来れる?来るときは気を付けて来てねと言うおばさんの気遣いの言葉の後、おばさんが崩れ落ちる音がして、電話口から彼女の嗚咽が聞こえて来た。気丈に振る舞ってこの事を僕に早く伝えたいと言う一心で、物凄く悲しいのにソレを堪え、我慢し、だけど、僕にソレをちゃんと伝えられたと言う安堵感から一気に緊張の糸が切ったようだった。
僕は悲しみに泣くおばさんとおじさんに、
「直ぐに行くから、待ってて下さい」
そう紡ぐので精一杯だった。服は何を着ていたのか解らない。靴も履いていたのかソレも解らなかった。携帯でタクシーを呼び、おばさんから伝えられた病院に向かった。
朝方で通勤ラッシュ前だったから交通量は少なく、直ぐに病院に着く。
その病院で聞いた第一声が、
「飲酒運転らしいわ。歩道で歩いていた所に突っ込まれたらしいわよ」
だった。
巴以外にも被害者がいるらしく病院はその家族で殺到していた。ある家族の看護に当たっていた看護師の見習生が同僚にぼそりと呟く。
「可哀想に即死ですって」
そう言う看護師の見習生の脇を通り過ぎて僕は巴がいる病室の中に入った。
個室でおばさんとおじさんが椅子に呆然と座っていた。白いシーツに包まれた寝具に、巴が横になっていた。
シューと言う機械音がする生命維持装置が巴の身体に付けられている。看護師の話では、心肺停止で運ばれて来たらしく蘇生処置で心肺は戻ったらしい。
痛々しい彼の姿に、僕はその場に立ち尽くしていた。
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