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「だいたい僕は、オメガかもしれないけどオメガよりも前に⋯⋯“瑠輝”だ」
力強く男にそう宣言した瑠輝は、オメガである前に自身が独りの“瑠輝”という人間であることを告げる。
「“瑠輝”か。綺麗な顔にぴったりな名前だな」
クスリと笑うと、男は瑠輝の瑞々しい頬にそっと手を添えた。
一瞬、びくりと瑠輝は肩を揺らしたが、視線を外したら負けになるような気がして意地でも男を睨むようにして見上げた。
「――多分、僕の親だった人がつけてくれた名前だから」
正直、全てが恵まれたアルファの前で自身の出自に関わることを話すのには気が引けた。それでも瑠輝は、この名前をつけてくれた者が、一瞬でも自身のことを想ってくれていた証だと考えていたから、それを褒められたことでつい事実を口にしてしまう。
「多分、って。お前、まさかシェルターの⋯⋯」
驚いた表情を見せた後、男はそれまでの態度を一変し、すぐ様酷い後悔の色を顔に出していた。
瑠輝はその反応を見て、やはり自分の出自を同情されたのだと悟る。
みるみる内に、瑠輝の顔から血の気が引いてくる。
外の高校へ通うようになってから、同情されることには慣れたはずだった。それでも、あれだけの酷い顔を、しかも王子様のような超エリートアルファにされてしまったら惨め以外の何ものでもない。
その時だった。背後に居たはずの莉宇が瑠輝の肩に手を回し、自身の方へぐっと引き寄せる。
「あ、え⋯⋯?」
突然のことに、瑠輝は驚きの声を小さく上げた。
しかし莉宇はそんなことには構うことなく、男へこう言い放つ。
「――そういう訳で、瑠輝のことは俺が大事にしますからこれで失礼致します。助けて下さってどうもありがとうございました。不法侵入の罰を受ける覚悟はできていますが、俺だけが悪いので、どうか瑠輝は巻き込まないで下さい」
莉宇は早口で捲し立てると大きく一礼し、離すまいと瑠輝の肩を強く抱いたまま、大股でその部屋を出て行く。
ずんずんと真紅の絨毯の上を進む莉宇は、めずらしく何処か怒っているようだった。
ぎゅっと肩を握られたままのその手は、まだ強い力が込められている。
余程、怒りが強かったのだろうか。その手が微かに震えていることにも気が付く。
「ちょ、ちょっと莉宇、痛いって」
肩に指の痕がついてしまいそうなほど、力を込められていた瑠輝はつい音を上げてしまう。その言葉に莉宇は、はっと我に返った顔をし、手の力を弱める。
だが、手を離すことはなく敷地を無事に出るまでは肩を抱いたまま、早歩きで進んだのであった。
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