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ギリシャ神話の彫刻と巨大な噴水が中心に置かれた庭園を抜け、男たちに囲まれていた莉宇はその先にある淡いグレー色した四階建てのフラットへと入って行った。 今度こそ莉宇を見失わないように、と距離を保ちつつ、瑠輝はその後を追う。 広大な敷地の中、瑠輝は思った以上に徒歩で移動していたはずだったが、不思議なことに誰独りとしてすれ違うどころか、その人影さえ見かけなかった。 身を潜めて莉宇の後を追っている瑠輝にとって、誰とも出会(でく)わさない方が却って都合は良い。それにしても、これだけの移動で誰にも会わないとなると、却って不安の方が大きい。さらさらと流れる噴水の音しかしないこの空間に、異質感さえ覚える。 超がつくエリートアルファたちは、その人数が希少種と呼ばれるオメガよりも少ないと言われているが、莉宇を連れて行った男たちだけではないはずだ。 一体その者たちは今、何処へいるのだろうか。 フラットの中へ入るのを見届け、瑠輝は周囲を厳重に見渡すとその入口へと立った。 自分でも驚くほど、隠れることなく堂々と。この異質の空間が、瑠輝をそうさせていたのかもしれない。 アンティーク調のゴールドのドアノブに手を掛け、重厚な玄関の扉の隙間から莉宇の消息を確認しようとする。 しかし、それはあまりにも突然だった。 「――おい」 とても低い、耳に心地好い声だった。 音もなく、背後から掛けられた声は何処か聞き覚えのある声。 二週間前、ここで倒れた瑠輝を助けてくれた人物のものと同じだとすぐさま察知する。 びくっと瑠輝の全身は大きく揺れ、一瞬、心臓が止まったのではないかと感じていた。 気配なんて、全くしなかった。 本当に。 むしろ、脚音一つさえも聞こえなかった。 油断したつもりは毛頭なかったが、結果そうなってしまっていたことに酷く動揺する。 一体、いつから背後に人がいたのだろうか。 冷静に分析していく中で、瑠輝は「不法侵入」という言葉が頭の片隅を過ぎる。 マズい。 完全に、これはマズい。 一度目だったらまだしも、二度目の不法侵入を犯してしまうとは――。 いつの間にかドアノブを掴もうとした右手に、瑠輝は冷や汗をかいていることに気が付く。背後に感じる巨大な圧に、何故自分は今までこんなにも狂気的なオーラに気が付かなかったのだろうか。 酷く瑠輝は後悔をして、硬直したまま瑠輝はその場へと立ち竦んでいた。 同時に、呼び掛けられてからの僅かなこの沈黙を、瑠輝はとても長く、とても怖く感じていたのだった。 すると瑠輝の背後に立つ男は、伸ばし掛けていたその右手の上に、そっと自身の大きな手を乗せる。 「⋯⋯え?」 困惑した声を小さく上げた瑠輝の鼻腔を、甘やかで濃厚な薔薇の香りがふわりと優しく刺激した。

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