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「――つくづく、オメガらしくないな」
男は面白そうに喉の奥でククッと笑うと、瑠輝のその手を取り、
「後悔するなよ」
と、今までに聞いたことのない低い声色で告げ、口の端をゆっくり持ち上げた。
整った顔した男の不敵な笑みは、それだけで瑠輝を凍りつかせたが、自ら言い出した手前もう後にも先にも引けないと思った。
幸い、瑠輝にはまだ発情期が訪れていないため、アルファに抱かれたとしても今の自分であれば最悪孕むことはない。
だとしたら、これから起きるであろうことは犬に噛まれるのと同じ。
莉宇を忌まわしい犬たちから護るだけ。
たったそれだけのこと。
自身へ何度もそう言い聞かせるが、やはりこの緊張感は凪ぐことがない。
男は、そんな瑠輝の内心には気が付く様子もなく、重厚なフラットのドアを開け手招く。
いよいよだ、と瑠輝は思った。
ドアの前で、大きく一つ深呼吸をすると人生で一番重い一歩を瑠輝は踏み出す。
しんと静まり返った人気のない白い大理石の廊下は、その終わりが見えないほど長く長く続いていた。
コツンコツン、と二人分の脚音しか聞こえないこの空間は、間違いなく異質さを感じる。
それを毎日何人もの男たちに取り囲まれ、ここを歩かなければならなかった莉宇は、一体どんな思いでここを通ったのであろうか。
男たちの中には、莉宇の初恋の人“龍臣”さんがいたこともあるのだろうか。
だとしたら、そんな現実ほど辛いことはない。
想像するだけでもう、瑠輝の胸はとんでもなくはち切れそうだった。
同時に、アルファへの憎悪は益々強くなり、もっと早く莉宇の異変に気が付くことができなかった自身を酷く悔やんだ。
「――ここだ」
先を行く男の脚音が、とあるライトグレーのドアの前で止まった。
一見して何の変哲もない、特に他の部屋と変わらないその部屋の外観に、莉宇はアルファにとって何てことない日常生活の中で身体を開かされていることを知る。
瑠輝は莉宇のその扱いに、やるせない想いからそっと静かに両手で顔を覆った。
「どうした? やはり怖気づいたか?」
ドアに手をかける男の問いに、瑠輝は顔を上げずに首を振る。
しばらく男が無言でこちらを見下ろす気配がして、もしかすると瑠輝が顔を上げるのを待っているのかもしれないと思った。
そんなバカなと思ったが、男は本当に瑠輝が顔を上げるまでそのドアを開けることなく、待っていたのだった。
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