30 / 139
3-1
「瑠輝? おーい、るーき!」
少々苛立ちを含む莉宇の声で、ようやく瑠輝は我に返った。
「あっ、え? 莉宇、何?」
教室の窓際一番後ろの席である瑠輝は、廊下側の席に座る莉宇の登場で、いつの間にか昼休みになっていたことを知る。
「何、じゃないだろ? ぼんやりしてないで、早く昼ご飯食べに屋上行こうぜ」
教卓近くの壁掛け時計は、昼休みが始まってから、既に十分ほど経過していることを示していた。
また、ぼんやりと物思いにふけっていたなと瑠輝は反省する。
「そ、そうだね」
軽く自嘲して、瑠輝は席を立った。莉宇は心配そうにこちらを見つめていたが、生憎瑠輝はその様子に気が付いていない。
二人は連れ立って、昼休みの廊下の喧騒を無言で通過していく。
“秘密の薔薇園”と世間で呼ばれている、超エリートアルファ育成機関から、瑠輝たちが二度目の帰還を果たしてから三日。
寝ても醒めてもこの三日間、何故だか瑠輝はずっとぼんやりしている。今までにこんなこと等、一度足りともなかったのだが。
一体、このぼんやりはどこから来て、一体、いつになったら消えるのだろうか。
得体の知れないぼんやりは、瑠輝の不安を次第に募らせていった。
同時に、三日前の出来事を一切口にしない莉宇にどう接して良いのか。ずっと瑠輝は考えあぐねていた。
確かに、オメガでもないベータの男が親友の代わりにアルファの男へと身体を開いたところを、その親友に目撃されてしまったとしたら――。
瑠輝であれば、居た堪れない。
莉宇もそのせいで、口を閉ざしたままなのだろうか。
だが、せめて。
せめて、お礼くらい――否、自分の代わりに辛い思いをさせてしまったことの、その謝罪くらいはさせてくれないだろうか。
完全に自己満足かもしれないし、話すことで莉宇を傷付けてしまうかもしれない。
もしかすると、自分だけ楽になりたいからと詰られるかもしれない。
それでも――それでも、瑠輝は莉宇と三日前のことを、否、その前から身代わりとなってくれていたことについて話したいと思った。
普段、瑠輝たち三年生の教室がある二階から中階段を使い、五階の屋上へと上る。そこから屋上へ辿り着く頃には、喧騒もすっかり静寂へと変化し、二人の脚音以外、何も聴こえない。余計それが二人の間の空気を重くしていた。
もちろん莉宇は、ここへ辿り着くまで一言も喋らなかったし、瑠輝もその空気を察して何も喋らないでいた。
ステンレスのそのドアノブを捻ることで、莉宇は屋上の鍵が開いていることを確認する。
「よし、今日も大丈夫そうだな」
莉宇はそう言うと、“立ち入り禁止”とドアに貼ってあった貼り紙を無視し、瑠輝を振り返りこちらへ来るよう手招きした。その表情と態度は、いつもの莉宇と何一つ変わらない。
瑠輝はそれが嬉しくて、大きく頷くと莉宇が開けたそのドアを笑顔で潜った。
ともだちにシェアしよう!