32 / 139
3-3
「発情期のオメガのようにアルファに項を噛んでもらっても、ベータにはただの噛み痕でしかない。数日すれば消えてしまう。そこに、確かな番の契約なんて存在していない」
ガシャンとより大きな音がし、莉宇が悔しそうに拳で何度もフェンスを叩く。
「――莉宇?」
真っ赤に腫れ上がった拳に酷く心配した瑠輝は、その手を両手で捉える。それでも莉宇は、行き場のないその感情を瑠輝の手ごとフェンスへ当たろうとした。
「全然、分からなかったんだ⋯⋯龍臣の居る場所が。ベータの俺には、龍臣の運命の相手になる資格がないんだって。現実を突きつけられたような気がしたんだ」
最後は絞り出すように告げ、莉宇は力なく瑠輝の手ごとそれを降ろし、大きく項垂れた。
「そんな⋯⋯だって莉宇、薔薇の棘を交わせたら“龍臣”さんの隣りに立つ資格が、って。そう僕に言ってたじゃん」
莉宇の手を捉えていた自身の両手に、ぎゅっと力を込める。
「指環――」
対して、莉宇は力なく口を開いた。
ぶわりと風が屋上へ吹き、ワックスでセットしていた莉宇の少し長めの髪が揺れる。
瑠輝の見間違いだったのかもしれない。揺れた髪の間から、光り溢れ落ちる一筋のものを目撃してしまう。
「指環、してたんだ。左手の薬指に」
誰とは言わずとも、瑠輝にはその主語が分かってしまった。
間違いなくこの場合の主語は、初恋の“龍臣”さんである。
同時に酷く悲しい、全てを諦めた瞳をした莉宇のその頬を伝うものは、やはり涙なのだと。この瞬間、瑠輝は悟った。
胸が苦しくて、正直どうして良いか分からない。
否、本当に胸が苦しいのは莉宇の方だと分かっていたから、瑠輝はただ黙って莉宇の話を聞くことしかできないでいた。
「だから、俺が身代わりになったのにも理由があって⋯⋯俺はムリだったけど、いつか瑠輝は運命のアルファに絶対出逢うはずだ。だから、その時まで自分を大事にして欲しくて」
悲しく笑いながらこちらを見て話す莉宇に、瑠輝はつい声を荒らげてしまう。
「意味分かんない! 俺はムリって何? 莉宇だってこの先、運命の相手に出逢うかもしれないじゃん!! っていうか、“龍臣” さんを諦めるのか? だいたい、もっと自分を大事にしなきゃいけないのは、僕よりも莉宇の方だろ?」
一度昂った感情は止まることを知らず、次から次へと早口で捲し立てる。
先ほどまでぼんやりしていた男とは、到底思えない。それほど、瑠輝は莉宇に人の心配ばかりせずに、自身の幸せを願って欲しいとそう思った。
併せて瑠輝は、やはりオメガの自分はアルファが嫌いなのだと痛感する。
好きだとか嫌いだとか。
それ以前にもし、相手に運命の番が現れてしまったら、その感情は莉宇のように一体どう昇華すれば良いというのだろうか。
瑠輝がオメガのシェルターで暮らす原因が、もしもそうであったとしたら、絶対にアルファとだけは恋をしたくないと、結ばれたくないとそう願ってしまう。
一瞬、“キングローズ”と呼ばれるアルファの顔とその腕の温もりが頭を過ぎったが、この時の瑠輝は気が付かないふりをする。
ともだちにシェアしよう!