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気が付けば、瑠輝は独り歩いていた。
過去二回の朧気な自身の記憶を頼りに。
感情だけが先走り、つい学校を飛び出して来てしまっていたのだ。
前回、そこからシェルターまでどう帰宅したのかさえ覚えていないのに、我ながらとんでもない見切り発車をしてしまったと深く反省する。
それでも莉宇のために何かせざるを得ないと強く思ったため、後悔はしていない。
道に迷ったのならば、周りに聞くだけだ。そう思っていた。
だが無事に、異様な蔓薔薇の要塞が首都の中心地に見えてくる。瑠輝は、その光景にほっと胸を撫で下ろす。
とりあえず目的の場所へ無事に着いたことを安堵し、三度目となるとその抜け道も迷うことなく入って行くことができた。
相変わらず深紅の薔薇は、綺麗に凛として咲き誇っている。
まるで、“キングローズ”と呼ばれているあの男のようだと瑠輝は思った。
蔓薔薇の繁みの中を潜りながら、瑠輝はいつものツンとした胸の痛みを覚え、胸を押さえる。これはいつもの薔薇の香りからの痛みだと反芻し、安堵した。
先日、これとは別に僅かな胸の締め付けを感じていたが、あれは何から来るものなのか。未だに瑠輝は分からないでいた。
三日前、莉宇の身代わりにとして他のアルファたちに胸を舐められ、震えが止まらなくなった瑠輝。その震えが止まるまで、ずっとあの男は瑠輝の傍にいて強く優しく抱き締めてくれた。これだけは、今でも鮮明にはっきりと覚えている。
気が付けば、瑠輝の頭はその時のことばかりだった。あの男のことを思い出しては、物思いにふけっているのだ。
昼休みが始まったことを気が付かないほどに。
あの時の男から漂う薔薇の香り、抱き締められた大きな腕の感触、密着したことでこちらにまで伝わってくる規則的な鼓動。その細部に至るまで、瑠輝は気持ち悪いほどあの時の男の全てを覚えているのだ。
男は、あれだけ瑠輝が嫌っていたアルファだというのに。
きっと、複数のアルファの前で前代未聞の恐怖を体験したせいだ。それをあの男に助けてもらったせいなのだ、と何度も自身へ言い聞かせているが、何故だか腑に落ちない。
だから今度は、シェルター暮らしの瑠輝は誰かに抱き締めてもらった経験がほぼなかったため、あの温もりが忘れられないのだと無理やり思い込む。
それでも瑠輝の心は落ち着かなくて、もう一度あの男に逢いたいと密かに思っていた。
もし逢えたら、答えが分かるような気がして。
蔓薔薇の要塞へは軽率に行ける場所ではなかったし、行ったら必ず逢える相手ではないことも分かってはいた。
そこへ昼休みの莉宇の件があり。
もちろん、学校を飛び出した理由の第一には、莉宇のことが心配だったからだ。これは間違いなく本当だ。
しかし、それを行動に移した根底には、何処かあの男にもう一度逢いたい。逢って、自身のこの気持ちが何から来ているものなのか知りたい。そう卑しい下心もあってのことだった。
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