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だから、という訳ではなかったのだが。 「俺を抱き締めたくなるくらい、良い顔でもしていたか?」 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた男にそう指摘され、慌てて瑠輝は手を離す。 無意識の内に、瑠輝は立ったままでソファへ座るこのアルファの大きな身体をそっと抱き締めていたのだ。 「あっ、えっと⋯⋯あの」 瑠輝は自身のとった行動に酷く喫驚し、困惑していた。 全く、どうしてそんなことをしてしまったのだろうか。 男のことを「悲しい」と思ってしまったことは確かだ。 だが、衝動的に嫌いなアルファ相手にこんなことをしてしまうとは、正直自分でもこの行動の意味がよく分からなかった。 「仕方がない。自分で言うのも何だが、世の中に俺を欲しいと執着する者は大勢いる」 だろうな、と妙に瑠輝は男の言葉に納得する。 並のアルファでは、虫唾が走るほど嫌悪感を抱く言葉であったが、誰もが見ても王子様然とした出で立ち。将来、国のトップを背負う“キングローズ”という肩書き。それ以外、男の詳細を瑠輝はよく知らないが、普通の人間であればその二つの条件からだけでも、“彼”という存在を喉から手が出るほど欲しいと思うだろう。 「キミも⋯⋯本当は、俺を――アルファの俺が欲しいと思って近付いてきたんだろう?」 マロン色の瞳を揺らした男は、恭しく瑠輝の右手を掴むと上目遣いで甘くそう告げた。 その行為自体はとても甘い。しかし、男の発する言葉からは狂気を感じ、咄嗟に瑠輝は手を引いてしまう。 嫌な予感がする。 「そう言えば、キミはシェルター暮らしのオメガだったな。初めて会った時、番なんていらないと威勢よく言っていたが、こうして三度も俺の前へ現れるなんて、本当は“アルファ”で“キングローズ”の俺とどうこうなりたいからなんじゃないのか?」 蔑むような瞳でこちらを見つめる男に、瑠輝の嫌な直感は当たってしまったのだと察知する。 「――そんなつもりは⋯⋯ない」 恐る恐る瑠輝は返答した。 「そんなつもりはなくても、キミのオメガの本能がより良いアルファの遺伝子を求めてるんだろ?」 荒い口調に、瑠輝はびくっと肩を揺らす。 怖い。 瑠輝は怖いと思った。 目の前のこの男に対して、ではない。 前回、瑠輝がここで男に助けてもらった後、いつまでも続くぼんやりとした余韻。もしかしてあの正体は、男が話す「アルファを求めるオメガの本能」なのだろうか、という懸念に、だ。 これが瑠輝が知りたかった、ここへ来れば分かるかもしれない新たな胸の締め付けへの答えだったのだろうか。 「そんな訳、ない」 自問自答しながら瑠輝は言った。 「だって僕、そもそも発情期もまだで、オメガとしては全く機能していないし」 「そんなの、いつ発情期が来るか分からないだろ? もしかすると、今この瞬間に訪れるかもしれないし」 まるで瑠輝が厄介者だと言わんばかりに、男は顔を顰めて言う。

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