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「“キングローズ”様、お願いだ。将来アンタは国を背負う立場だろ? だったらせめて口だけじゃない、オメガが無条件に愛される世界を作って欲しいんだ」
ぼやけた視界のまま男の胸倉を掴んでいた手を力なく離すと、自身の目元を手の甲で無造作に拭いながら訴えた。
その時だった。
ふわりと薔薇の甘き香りが鼻腔を掠めた瑠輝は、大きな腕の力によって男の膝の上へ座る形で抱き寄せられる。
こんなにも密着し、薔薇の香りを強く感じているのだが、胸の痛みが訪れないことに瑠輝は酷く困惑していた。
どうして⋯⋯?
目元を拭っていた手を止め、瑠輝は自身を抱き寄せた男の顔をその腕の中から見つめる。
男はその視線に気が付くと、瑠輝の目元に残った雫をそっと自身の親指で拭い、それからまたギュッと小さなこの身体を抱き締めた。
「どうして⋯⋯?」
今度はその困惑を口にする。
「深い意味はない。先ほどのキミと同じ、こうしたいとただ思ったからこうしたまでだ」
先ほど視界に見えた困惑した表情とは程遠い、感情のない整った顔がそう言った。
あれは瑠輝の見間違いだったのだろうか。そう思っていると、耳を疑うような言葉を男は発した。
「そう言えば、キミのこと――オメガとしか知らない。あ、“瑠輝”という名前は前に聞いたか」
改めて男は瑠輝へ向き直ると、顔を唇が触れる距離まで近付けるとこう続けた。
「――瑠輝、キミのことをもっと俺に聞かせてくれないか」
「僕、のこと⋯⋯?」
戸惑いながら訊ねると、男は頷きながら瑠輝の後頭部を優しく撫でる。その感触がくすぐったくて、かつ心地好くて瑠輝の胸は跳ねる思いがした。
どうしよう。
さっきまで、自分と同じ悲しい者なのだと思っていた相手だというのに。
この人は、恋や愛に惑わされないって公言しているのだが、そんな相手に触られて――自分のことを聞かせて欲しいと言われて嬉しいと思ってしまうだなんて。
だが揺らいだ瑠輝の心を、男は次の言葉で再び突き落とす。
「ああ。だが、キミのことを知ったところで俺はやはり、感情に振り回された恋というものはできないと思う」
どうして、と瑠輝は顔面蒼白の様相で男の顔を見た。
「それでも、オメガと――瑠輝と俺が似ているところがあると言うならば、俺はそれが何処なのか知りたいと思う。自分の立場上、オメガと恋に発展することは難しいが、将来きっと役に立つだろうから」
自分はオメガのサンプリングか何かかと思ったが、そう言った男の顔は真面目そのものだった。もしかすると、自分はこの男のことを大きく誤解しているのかもしれない、と分析する。
本当は、ただ言葉が上手く遣えず、それでいて自身がアルファとしての役割を全うしなければならないという命に縛られた、超真面目な人間なのかもしれないと。
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