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「⋯⋯どうして? 口封じのため、だったんじゃないのかよ?」
煌輝の唇が離れたところで、瑠輝はそう言った。
「そのつもりだった。でも、キスの途中で気が変わった」
捉えた瑠輝の右手に煌輝はもう一度自身の左指を絡めると、今度は力強くそれをぎゅっと握る。
「キスの途中、瑠輝が甘い香りさせながら、何度も可愛い顔をしてこっちを見つめるから」
マロン色の瞳の奥が揺れるのを見て、瑠輝の心も揺れた。
「正直、社会的に色々面倒くさいオメガとは一生関わりたくないと思っていたが、瑠輝は別だ」
「⋯⋯え?」
真剣な声色の煌輝に、益々瑠輝の心は動揺する。
「可愛い顔するくせに、アルファへ媚びへつらうことのないオメガなんて初めて見た。ましてや、“キングローズ”の称号を得たこの俺に対して」
煌輝はそう言うと、瑠輝の顎を掴み自身の方へ向けた。
「⋯⋯それに俺も、過去のことをつい、喋ってしまったしな」
独り言のように自嘲しながら煌輝は呟く。
「だから瑠輝、特別にお前を俺の傍へ置いてやる」
突然の告白に、瑠輝は声に成らない驚嘆の声を上げた。
「瑠輝が言った、将来“無条件にオメガが愛される世の中”を作るためにもちょうど良い。もっと深くオメガのことを知るために、否、瑠輝のことを知るために、俺はしばらく瑠輝を手許に置きたい。⋯⋯いいな?」
うっとりするような甘い美貌と声で嬉嬉として宣言されるも、瑠輝は激しく困惑する。
それって、どう意味なのだろうかと。
興味本位で、瑠輝を手許に置きたいだけなのではないか。
もしくは、上手いことを言って結局オメガを欲の捌け口にしたいのではないかと、瑠輝はそう逡巡する。
嫌だ。
手許に置かれるなんて言い方は嫌だ。
まして、アルファの手許に置かれるだなんて屈辱過ぎる。
超エリートアルファの境遇は、シェルター暮らしのオメガと似て、確かに悲しいとは思った。
だがやはり、第二次性のトップに君臨するアルファとその最下位に属するオメガとでは、その関係性が対等となることはないのだと、煌輝の言葉尻から再確認してしまう。
「やだ⋯⋯」
無意識の内に口からそう一言告げると、瑠輝は自身を抱く煌輝の腕を全力で引き剥がした。
「僕は物じゃない。アルファの手許になんて、絶対に置かれたくない」
瑠輝が必死の形相でそう言うと、煌輝は非常に驚いた顔をして見せる。
どうして瑠輝が断わるのだろう。信じられないとばかりの表情だった。
その隙に、瑠輝は背後を振り向くことなくその場を後にする。時間差で煌輝が後を追って来る脚音がしたが、脚力に自信のある瑠輝はそのまま振り返らず蔓薔薇の要塞まで一目散に駆けていく。
蔓薔薇の中へ潜り込んだところで、ようやく瑠輝は背後に追っ手が来ていないことを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。
しかし、すぐさま薔薇の香りから胸の痛みを感じてしまい、胸を押さえながら外の世界を目指す。
「クソっ。やっぱり薔薇の香りで胸が痛くなるじゃん」
独り言のように呟きながら、瑠輝はすっかり日が暮れて真っ暗になっていた帰り道を、もう痛みのない胸を押さえ、歩くのだった。
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