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瑠輝がその日、シェルターへ戻ったのは夜九時、門限丁度のことだった。 シェルターと名の付く施設だけあって、そのセキュリティは非常に頑丈である。瑠輝たちの暮らす建物へ辿り着くまでには、通常、何度も暗証番号を入力しないと通過できないゲートが幾重にも存在していた。 最高学年の瑠輝は、ここで個室を与えられている。ヒートと呼ばれるオメガ特有の発情期が訪れる年頃になると、その期間、フェロモンを全力で放出し、独り部屋で生まれたままの姿で後孔や前を弄り、その発情を独りやり過ごさなければならないからだ。そのプライバシーを護るためにも、オメガのフェロモンに充てられ、外からの侵入者が絶対に入り込まないよう、特に個室のある建物は厳戒態勢が強いられている。 やっとのことで、瑠輝が自身の部屋がある四階の一番端のセキュリティゲートを突破した直後、そこにはめずらしくシルバーフレームの眼鏡をかけた独りの男が立っていた。 「水城(みずしろ)先生⋯⋯」 待ち伏せするようにそこへ立っていた男の名を、瑠輝は呼んだ。 男の名は、水城(みずしろ)桔梗(ききょう)。ベータで、シェルターで暮らすオメガの、特に瑠輝たちのような外の世界へ出て高校へ通う特殊なオメガたちの生活指導教官だ。 このシェルターの教官や職員のほとんどはベータで、残りの一割二割は発情期の軽いオメガであった。 いずれ外の世界で生活を送ることになる、閉鎖的なシェルター暮らしのオメガには、外の世界を知る者から教育を受けるべきだという国の判断から、その人選がなされていた。 水城はまだ三十路前と歳若い。 だが、瑠輝がシェルターで暮らし始めた頃には、もう既にここで教官として働き始めていた。ベータとしては水城は超高学歴で、国立最高峰の大学を卒業し、公務員試験を経て、すぐさまここへ就職しためずらしい経歴の持ち主だという。 当時、新人教官であった水城はまだ幼かった瑠輝たちオメガの親しみやすい兄的存在として、寮父のように生活全般のサポートをしていた。何でも話せ、面倒見の良い兄的存在の水城を、幼い頃の瑠輝は実の兄と慕うほど大好きであった。しかも、自分の知っている大人の中では一番の格好良い男で、シェルターのオメガたちにも彼を狙っている者は少なくなかった。 しかし水城は、瑠輝が外の高校へ通うようになってから変わってしまう。優しかった兄的存在の面影はなりを潜め、次第に生活態度に厳しい近寄り難い教官となっていったのだ。 「瑠輝、最近帰宅時間が門限ギリギリだな」 ダークグレーのスーツ左腕に隠れていた腕時計をそっとめくり、水城は現在の時刻を確認する。 ベータとしてはめずらしく、水城の身長は一八〇あった。公務員とは思えないほど、水城はお洒落にブランドのスーツを着こなし、細いシルバーフレームの眼鏡をかけ、整髪料で黒髪を後ろへ撫で付けている。 煌輝が王子様だとしたら、水城は完全にホストだ。以前のような親しみやすい兄的水城が大好きだった瑠輝は、この頃の近寄り難い教官が苦手となっていた。

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