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「しかもここ三週間、バイト以外の日にも遅くなった日があったな」
怪訝そうに水城は言う。
瑠輝は、完全に誤解されているのだと思った。
シェルター暮らしのオメガで外の高校へ通う者の中には、将来玉の輿を狙うためにこっそり春 を売る者も少ない。
一応、バイトをする者に関してはシェルターに対して、許可申請の書類が必要だ。もちろん、書類を提出するオメガが偽造しないように、バイト先の社長からの印鑑と署名も必要となってくる。
それでも基本、夜九時の門限までは自由行動を認められているため、そういったアルファ相手にバイト終わり、身体を開きに行く者も少なくない。
そもそも瑠輝は、根が真面目だ。アルファとは絶対に番になりたくないと思っていたこともあり、週四回平日の放課後に莉宇と共にカフェのバイトに入る日以外は、大抵、シェルターの夕食に間に合う時間までには帰宅していた。
それが裏目に出てしまったのだろうか。
僅か三度。三度だけ、秘密の薔薇園”と呼ばれる蔓薔薇の要塞がある、超エリートアルファ育成機関へ瑠輝は潜り込んだだけだ。
しかも、長居したつもりは一度たりともない。しかし、そこから都心より少し離れたシェルターへ徒歩で帰宅するとなると、急いでいても何故かいつも毎回門限ギリギリとなってしまうのだ。
「まさか、外でアルファに身体を売っているんじゃないだろうな? もし違反していることが分かったら、高校は即退学だぞ」
点滅を続ける電球切れの天井の蛍光灯で、水城のシルバーフレームのレンズがキラリと反射する。その奥に潜むダークブラウンの鋭い眼光がちらりと一瞬、垣間見えた。
全く感情のない目。
一体、いつから水城はこのような目をするようになったのだろうか。
「僕は絶対にそんなことはしません。水城先生だって、僕がアルファ嫌いだって⋯⋯そう知ってるでしょ?」
瑠輝はどこか諦めた顔をして言った。
「――とは言っても、人間いつどこでどう考えが変わるか分からないだろ?」
自身の眼鏡のブリッジを軽く人差し指で押えると、水城は微笑を浮かべ、瑠輝の方へと距離を詰める。
瑠輝はその距離間にそっと顔を顰め、それはすっかり変わってしまった水城の方だとこっそり思う。
すると、水城はそんな瑠輝の気持ち等少しも気がついていない様子で、その細い首筋へと自身の鼻をすんと近づけた。
こんなにも水城と身体を接近させたことがない瑠輝は、緊張から全身を硬直させてしまう。
長い帰路のお陰で、ようやく先ほどの煌輝とのキスで下腹部に宿った余韻を冷ますことができたばかりだというのに。
水城から漂う大人の甘い香りに、その余韻が蘇りそうになる。
何を隠そう瑠輝は幼い頃、将来、生涯を共にするのであれば、水城のような優しいベータと添い遂げたいと思っていた。
シェルターで暮らすオメガのことをよく知り、差別されることなく素を曝け出せる。しかも、同性同士のベータとオメガでは、結ばれたとしても、物理的に子を成すことはない。
たとえその先に悲しい別れが待っていたとしても、子がいなければ傷つくのは自分だけで済む。
だからこそ、ベータの水城は瑠輝の理想の相手、そのものだと思っていたのだが。
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