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「――甘い匂いがするな」
執拗に瑠輝の首周りを嗅ぎまわる水城に、先ほど煌輝も同じことを言っていたと思い出す。
「甘い、匂い⋯⋯ですか?」
自身の腕周り等に鼻を近づけ、瑠輝はその匂いを確認しようとする。
普段、瑠輝は香りを身に纏ってはいない。そのため、少しでも違う香りが染みつけばすぐ分かりそうなものである。
今ひとつ自分では、それがよく分からない。
もしかすると、先ほど共に過ごした煌輝から薫っていたあの甘い薔薇の香りが自身へ移ってしまったのだろうか。
それにしてもおかしい。
移り香だというのに、だいぶ時間が経過した今でも、第三者に指摘されるほどはっきりと匂うそれ。瑠輝が思っていた以上に、煌輝の香りは色濃く存在感を残していたのだろうか。
決して、煌輝に身体を売った訳ではないが、怪しまれても仕方がないその香りに、瑠輝は疑問を抱いていた。
基本、シェルターに暮らすオメガたちは突然発情期が訪れ、アルファとの過ちを犯さないよう単独での接近は禁止されている。
発情期がまだである瑠輝もそれは例外ではない。残り香から、水城に煌輝との接近を知られる訳には絶対にいかないのだと思った。
そもそも、煌輝の生活する“秘密の薔薇園”と呼ばれる超エリートアルファ育成機関は、外部からの侵入は罰則対象となる。過去、煌輝はそう話していた。
思えばそのせいで、親友の莉宇が犠牲になり、瑠輝は二度も三度も――否、三度目は莉宇だけが原因ではなかったが、危険を冒してまで煌輝の元へと出向くことになったのである。
だからこそ、生活指導教官である水城には禁忌を犯してしまったことを絶対に知られてはならない。
単独でのアルファへの接触。
その上、罰則対象となる“秘密の薔薇園”への侵入。
もし生活指導教官の水城に知られてしまったら、果たして高校退学するだけで済まされるのだろうか。
自分では分からない煌輝の存在を示すその甘い香りと共に、大きな不安が瑠輝を襲っていた。次第に、その指先は冷たく汗ばみ動悸が激しくなっていく。
大丈夫。
絶対に大丈夫。
絶対にバレないから、と何度も自身へ言い聞かせ、瑠輝は必死で平静を装うとした。
しかし、水城はそんな瑠輝の動揺に気がついた様子もなく、じっとこちらを鋭い眼差しで見つめこう続ける。
「――気がついてないのか? ここ最近、帰りが遅くなる時の瑠輝は、決まっていつも甘い薔薇の香りをさせている。次の日までずっと」
ああ。
やはり、煌輝から漂っていた薔薇の香りが瑠輝にもくっきり移っていたのだと、その言葉から窺い知った。
「しかもこの香り、一度目よりも二度目が。二度目よりも今の方がより濃く薫っているんだ。どうしてだと思う?」
煌輝とは違う、大人の妖艶な流し目を遣い水城は瑠輝へと問うた。
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