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「ダージリンの香りは、間違いなく少年から出ていたフェロモンの香りだった。しかし、幼少期にその少年はアルファである義理の父から日常的に性的に虐待を受けていた。結果、英国のオメガシェルターにその少年は保護され、安堵からその何もかもを忘れてしまった」
――その少年も自分と同じ、シェルターに保護をされたのか。
もしかして自分も、この少年と同じように⋯⋯。
はっと瑠輝が自身の生い立ちについて考えを巡らせていると、更に水城は続けた。
「結局、その少年は解離性健忘と診断され、幸か不幸かその虐待のことは一切忘れて暮らしていた。だがその後、ダージリンの香り嗅ぐ度、胸の違和感を覚えるようになった。少年の身内の家には、当時、ダージリンティーが常に出されていたと、少年の母が証言したそうだ」
「つまり、僕の薔薇の香りを嗅ぐと胸が痛くなってしまう、という現象もそのような理由が隠されているかもしれない。そう言うことですよね?」
瑠輝は水城へ言った。
「ああ、そうだ。この反応は、そのトラウマを解決することでしか完治をしないそうだ。だが、もう一つ⋯⋯その論文には治る方法が別に記載されていた」
その瞬間、何故か瑠輝の頭には煌輝の顔が過っていた。
煌輝は、自身の傍にいることで痛みを感じなかった相手だが、さすがに非科学的なそれが治療方法ではないと思った。
「――それは、自分と同じ匂いを持つ運命のアルファと番になること、だ」
水城の言葉に、瑠輝の心はどくりと大きく激しく揺れる。
「自分と、同じ匂いを持つ⋯⋯アルファと、番に、なる⋯⋯だって?」
飴色した大きな瑠輝の瞳が、それこそ溢れ落ちてしまいそうなほど見開く。
自分と同じ匂い――。
自分では分からない、自分と同じ形容の匂いがする、超エリートアルファ。
つい今仕方顔を浮かべたばかりのあの男が、瑠輝の運命の相手だというのか。
自分を物扱いした、あの男が。
煌輝が。
将来、国のトップを背負うあの星宮煌輝が。
まさか、瑠輝の運命の相手だったということなのだろうか。
色々な意味で、信じられなかった。
あまりの衝撃で思考が停止していた瑠輝は、瞠目したままその場へと立ち竦んでしまう。
「失敬。これは、アルファ嫌いの瑠輝には現実的にお勧めできない方法だったな」
水城は自身の眼鏡のブリッジを軽く押さえると、そう言ってわざとらしく残念そうな顔をした。
「瑠輝には、それよりトラウマを克服する方がいいだろう」
そう独り、水城は勝手なことを賜っていた。
そもそも、瑠輝がどういった経緯でシェルターへ保護されたのかは、その時に記憶を消されたせいで、自身でも分からないままである。それが本当に、瑠輝のトラウマとなっているものなのか。それすらも怪しいところだが、水城は自信満々に目の前でそう憚る。
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