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翌日、信じられないことが朝から起きていた。 まず、昨夜の催涙スプレーのお陰か、一度も生活指導の水城に会うことはなくシェルターの外へ出ることができた。 次に、いつも通り瑠輝が高校へ向かうため、シェルターから最初の角を曲がると、ハナミズキが植えられた通りの一番手前に、純白のブレザーに身を包んだ男がそこへ立っているのを発見したのだ。 ――あれ、あの白の制服。 瑠輝がそう思っていると、純白のブレザーを着た男が不意に顔を上げ、視線が合致する。 「遅かったな」 いつになく爽やかに告げた男の傍らには、その煌びやかな容姿には似ても似つかない赤いシティサイクルが横づけされていた。 思わずその不釣り合いさに、瑠輝は自然と笑いが込み上げてくる。 “キングローズ”とシティサイクル。 はっきり言って、キラキラ王子である煌輝には、自転車より白馬に乗って現れてくれた方が、瑠輝としてはまだしっくりくる。 「こ、こぉ」 笑いながらその名を呼ぼうとしたところで、瑠輝は大きな手に口を塞がれる。 「オメガのシェルター前で、俺の名前を安易に呼ぶな。アルファがこんなところにいると知られたら、瑠輝の立場はまずいだろ」 「⋯⋯確かに」 声を潜めて瑠輝はそう言うと、煌輝はそのシティサイクルへ跨り、その後ろへ乗るよう手を振ってジェスチャーで合図した。 「えっ、これどうやって乗るの? っていうか僕、自転車の二人乗りとか初めてなんだけど」 戸惑う瑠輝に、煌輝は「信じられない」とばかりの顔をする。 「オメガのクセに、二人乗りもしたことないのか?」 「そりゃ、だって。シェルターの外に出たのも高校生からだったし、しかもオメガってだけで友達も莉宇以外⋯⋯その、できなかったから」 言い淀む瑠輝に、煌輝はフッと笑いながら意外な返答をした。 「――実は、俺も自転車は初めだ」 「え?」 「何処へ行くにも、今までお抱えの運転手付きセダンだったからな」 煌輝の言葉に、既に“キングローズ”の身分で国の公用車にでも乗っているのだろうか、と瑠輝は思った。 「相変わらず嫌味なヤツ。だったら、何でここへ自転車なんかで来たんだよ。まさか、自転車の練習がてら、とか言うんじゃないだろうな?」 バカにするなよな、と瑠輝は嫌味を込めそう返すと、更に煌輝は予想とは違う言葉を発した。 「違う。昨日、言っただろ。俺の傍へ瑠輝を置いてやる、って」 その言葉で、途端に瑠輝は昨日の苛立ちを思い出すが、それを遮るようにして煌輝は話を続けた。

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