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「いつまで待っても、理由がなければ瑠輝は自分から俺の元へは来ないだろうから、俺から迎えに来てやったぞ。喜べ」 「何ソレ。超ワンマンじゃん」 軽く頬を膨らませ、瑠輝はそう言った。 「またこの口は、いつも可愛くないこと言うな」 呆れた表情で煌輝はそう言うと、膨らませていた瑠輝の頬を軽く摘んだ。 「痛っ」 それほど痛みはないのだが、つい大袈裟に瑠輝はリアクションを取ってしまう。 「ここは普通、“キングローズ”様に迎えに来て貰えて光栄です、とか言う場面だぞ」 平然と言ってのける煌輝に、瑠輝は少し引いた目をする。 「自分でソレ、言うかよ」 独り言のように呟くと、煌輝は目を眇めてこう言った。 「つくづく瑠輝は、世間と反応がズレてるな。シェルター暮らしのオメガだからか? 否、そんなはずはないな。瑠輝、だから違うんだろうな」 溜息をつきながら煌輝はそう言うと、「とにかく遅刻するから乗れ」と有無を言わさぬ口調で、そうぴしゃりと瑠輝を無理やり言い含めた。 「出るぞ」 煌輝の合図で、二人を乗せたシティサイクルは出発した。 後輪のギアが巻かれたすぐ横に、少し飛び出た突起のような場所が両側にある。そこへ恐る恐る瑠輝は足底を乗せた。後ろにキャリアという荷台がそのシティサイクルにはなかったため、瑠輝は立った状態を余儀なくされる。心許ない脚元に、つい瑠輝は目の前の大きな背を頼りにし、ぎゅっとその肩へとしがみついてしまう。 その肩からは、相変わらず甘い薔薇の香りがして、それでも瑠輝の胸は痛くなくて。水城の言っていたことは、やはり本当なのかと思った。 煌輝が、瑠輝の運命の番なのかもしれないと。 「めずらしく、超熱烈アプローチだな」 風を切る音と共に、煌輝がニヤニヤしながらそう言うのが聞こえた。 「んな訳ないだろ。いっぺん、後ろ乗ってみろよ。支えが全然なくて、マジ怖いんだからな」 全て本当のことなので、瑠輝は一生懸命、必死でそう返す。 だが、気持ち良さそうに漕ぐ煌輝には一ミリもその恐怖が伝わっている様子はない。次第にそのスピードは、どんどん加速していく。 「ちょっと、僕の話し聞いてた? 全く、聞いてないよなあ? もう、本当に信じられないんだけど!」 声を荒らげると、煌輝は笑いながらこう返した。 「やはり、瑠輝は面白いな。オメガなのに、いつも受け身じゃない」 その言葉に余計苛立ちを感じた瑠輝は、その肩へしがみついて右手を離すと、その肩を叩こうと手を上げる。 だが、道なりに大きな左カーブが現れると、その車体も僅かに左へ揺れ、瑠輝は恐怖の大声を出しながらそのバランスを崩し、結果、更に煌輝の首へとより抱きつく形となってしまう。 ぎゃーと耳許で叫ぶ瑠輝の声を聞きながら、煌輝はそっと「だからそんな瑠輝が可愛くて、手許に置きたいと思ったんだけどな」と呟く。 もちろんその言葉は瑠輝には届いておらず、学校へ到着するまで、絶叫マシンのように叫び続けていたのだった。

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