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「言っておくが、帰りもまた迎えに来るからな」
校門の少し手前で自転車から降りた瑠輝は、風を受けてボサボサになった前髪を自らの手櫛で直しながら、煌輝の言葉を聞いていた。
この辺では見慣れぬ純白のブレザー姿の煌輝と、漆黒の学ラン姿の瑠輝。その身長差により、周囲からは二人がアルファとオメガであることは明らかだった。
しかし、まさかその二人が真逆の環境に身を置く者同士であることは、誰も分かるまい。
せいぜい容姿が派手な、アルファとオメガのカップルがいるな、程度の認識だ。それは、“キングローズ”という肩書きを持つ煌輝にとっても、シェルター暮らしでアルファ接近禁止令を出されている瑠輝にとっても、安心すべき反応ではあった。
だが、いつ何処で誰に見られているとも分からないこの往来での、煌輝とのやり取りに瑠輝は内心、酷く警戒していた。
普段、蔓薔薇の要塞の中で生きる煌輝が、外の世界へ出ていること。
正直これは、瑠輝自身も大層驚いていた。
オメガの瑠輝とは違い、煌輝を欲しいと言っている人物が大勢いると言っていた。だからこそ、こんなにも軽装で、しかも顔を晒した状態でオメガの瑠輝と、堂々外へ出て良いのだろうかと不安になる。
それでもいつも通り、全く態度を変えない。それどころか、いつもより絡みが尋常ではなく親しみやすい雰囲気の煌輝に、瑠輝は酷く戸惑いを感じていた。
「は? 何で、迎えに来るんだよ?」
「何で、じゃない。お前のことをもっと知るためには、お互いいつも一緒にいなければならないだろ?」
平然と言う煌輝に、
「そうかもしれないけど、でも煌輝は“キングローズ”でよく分かんないけど多分、僕よりめっちゃ忙しいだろ?」
「忙しいは言い訳にはならない。そもそも、移動時間の短縮のためにこの自転車を借りてきたんだ。だから、特に問題はない」
瑠輝と一緒に過ごす時間を作るために、似合わないそのシティサイクルをわざわざ借りてきたことに、瑠輝の心はこっそり感動を覚えてしまう。
「でも、蔓薔薇のあそこからシェルターまでだとだいぶ距離あるだろ? 自転車なんて無理しないで、車で来たらどうなんだ?」
心配そうに告げた瑠輝の言葉に、煌輝は軽く首を振る。
「それじゃ、意味ないだろ」
「何で、だよ?」
その意味が分からない瑠輝は、軽く顔顰めて訊ねた。
「――だって、瑠輝のことは俺の意志で“知りたい”と思ったんだ。だから、人の手を借りて逢いに来たらいけないだろ?」
煌輝は淀みなくそう言うと、王子様然とした笑みを浮かべ、瑠輝の乱れた一筋の前髪をそっと直す。その仕草に、瑠輝は自身の頬が少しずつ紅潮していくのが分かってしまった。
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