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――あれ。 本当は僕⋯⋯煌輝とどんな関係になりたいんだろう。 アルファとの番なんて、絶対に考えられないはずだというのに。 思えば、出逢った時から完全に感情で振り回されているこの関係。 いくら煌輝が本物の運命の番だろうが何だろうが、結局瑠輝はその生い立ち、性別その他全てを鑑みても、正妻の座に就くことは非常に難しい。 そう考えたところで、いつの間にか憎いと思っていた煌輝のことを、正妻の座まで狙っていた浅ましいオメガの自分自身に、瑠輝はぞっとした。 これが、煌輝が言っていた「オメガの本能がアルファを求める」摂理なのだろうか。 酷く自分が怖いと思った。 ここから逃げよう。 アルファの強い引力に、自身の考えや想いが完全に変えられてしまう前に。 誰を選んでも、煌輝の横に並ぶには何の遜色もない華やかな女子たちを横目に、瑠輝は大きく深呼吸すると、なるべくその存在感を消してその場から脚早に立ち去ろうとする。 「瑠輝、待てよ」 瞬間、瑠輝はその中心に居た、非常に目を惹く人物から名前を呼ばれた。 ドキッと大きく肩が揺れ、思わず瑠輝はその場へと立ち止まる。 女たちの好奇な視線が煌輝の視線と共に、瑠輝へと一斉に注がれた。 あまり歓迎されていないその類の視線に、瑠輝は酷く居心地の悪さを感じてしまう。 「まぁ、一体あの方は星宮様の何なのかしら」 「あの制服、もしかしてここの高校の⋯⋯」 「信じられないですわ。教養も何もなさそうなこの方が、星宮様と知り合いだなんて」 口々に心ない言葉を告げられ、瑠輝は唇を噛み軽く俯く。 中傷は聞き慣れている。 まともに一つひとつ聞いていたらダメであることくらい、とうの昔に身を持って知ったはずだ。 だが、めずらしく瑠輝はその一言一言を、つい面と向かって真面目に聞いてしまう。 煌輝も関係しているからだろうか。 言葉遣いこそ丁寧ではあったが、差別が露骨で無遠慮な言葉の羅列に、瑠輝は動揺が止まらなかった。 手の震えが止まらない。 身体の脇で、それぞれきゅっと拳を握っていた瑠輝のその手に、小さな震えが走っていた。 すると、ふわりと薔薇の甘い香りがして、大きな手が不意に瑠輝の両耳をそっと背後から塞いだ。 「――こんな汚い言葉は聞かなくていい。瑠輝は、俺の言葉だけを聞いて信じればいい」 瑠輝にだけ聞こえるように煌輝は囁くと、「ここから逃げるぞ」と続いてこっそり合図した。 「え、でも彼女たちは⋯⋯?」 瑠輝も声を潜めながら、その戸惑いを告げる。 「今朝言っただろ。俺は、俺の意志で瑠輝に逢いにここへ来ている。彼女たちと遊んでいる暇なんてないんだ」 煌輝はそう返すと、ひょいと軽々瑠輝を持ち上げ、そのまま素早く横抱きをした。 突き刺さるような不躾な視線が一斉に瑠輝へと集まり、煌輝はその身を護るようにしてそこから脚早に立ち去る。

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