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煌輝の腕に優しく抱かれ、瑠輝は酷く嬉しいと思った。
だが、あれだけアルファのことが嫌いだと啖呵まで切った瑠輝が、素直にその気持ちを言葉にしてしまって良いのだろうかと悩む。
悩みに悩んでようやく出た言葉が、
「⋯⋯あのさ、自転車はどうしたの?」
その言葉だった。
瑠輝を優しいマロン色の瞳で見下ろした煌輝は、一度だけふっと笑うとこう言った。
「色々偉そうなこと言ったけど、瑠輝の授業終わりに間に合いそうもなかったから、幹線道路でタクシー拾って来た」
罰が悪そうに苦笑した煌輝に、そこまでして行きたかったのだと知り、瑠輝の胸はむず痒くなる。
「――その、そんなにまでして⋯⋯僕に、逢いたかった、のか?」
決して自惚れてはいけない。そう思ったが、つい瑠輝はこんな言葉を口にしてしまう。
「ああ、そうだ」
間髪入れずに、煌輝ははっきりと答えた。
「自分の意志で瑠輝へ逢いに来ている、と何度言わせれば分かるんだ?」
少し苛立ちを含んだその口調に、瑠輝の胸は今度こそ、大きくときめくのが分かった。
「瑠輝のこと、もっと知りたいんだ。たとえば、誕生日とか⋯⋯」
真剣な瞳で煌輝は言う。
「僕の、誕生日⋯⋯?」
「そうだ。誕生日だけではない。血液型とか、好きな食べ物とか、好きな教科とか、瑠輝のことだったら全部」
「そんな、話すほどの情報なんてない、けど⋯⋯僕の誕生日は、六月六日だって聞かされている。本当かどうか、分からないけど」
自身のこと等、今まで人に話したことのない瑠輝は、戸惑いながらも少しずつ情報を口にしていく。
「⋯⋯六月六日だって?」
煌輝は驚いたようにそう返した。
「そうだよ。あと少しで、十八になる」
驚いた顔の煌輝とは対照的に、瑠輝は冷静に話す。
「驚いたな。実は俺も、偶然六月六日生まれなんだ」
「え、煌輝も?」
こんな偶然なんてあるのだろうか。
今まで運命の番だなんて、全く信じていなかった瑠輝であったが、偶然の一致に、煌輝をそう言った意味でより意識してしまう。
「そう言えば前から思っていたんだが、“瑠輝”っていう名前は、どう漢字で書くんだ?」
その問いに、以前煌輝が名前を教えてくれた際、丁寧にどのような字面を使っているのか、説明してくれたことを思い出す。
「⋯⋯瑠輝の“瑠”は、瑠璃色の“瑠”に煌輝と同じ、“輝く”だよ」
「綺麗な名前だ」
煌輝は自分のことのように嬉しそうな笑みを浮かべると、大きくうんうんと頷いた。
瑠輝はそれがとても嬉しくて、不意に目頭へと込み上げる熱いものをそっと自身の親指で拭う。
「――僕のこの名前をつけてくれた人が、心も容姿も美しい人に育ちますように、と。そうこの名をつけてくれたのだと、シェルターの職員から聞いたんだ」
初めて瑠輝は、そのエピソードを人に話した。
瑠輝の親だったかもしれない人と瑠輝とが、繋がっていた唯一の証。
一応、瑠輝がこの世に生まれた時には、自分のことを歓迎してくれていた証なのだと。そう瑠輝が信じる指標となっていた。
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