59 / 139
5-8
「本当に良い名前をつけてもらったんだな。ちゃんと、名前通りに瑠輝は全て美しく成長している」
マロン色の瞳を細めていう煌輝には、もう最初に出逢った頃の意地悪な面影は一つも見当たらなかった。
――ああ、僕⋯⋯この人のことが好きかも。
好きで、好きで、キス⋯⋯したいかも。
不意に瑠輝はそう思った。
直後、柔らかい唇がそっと瑠輝の頬へと押し充てられる。
まるで瑠輝の心の内を見透かしたかのように。
「どうしよう。今の俺、瑠輝のことが愛おしくてたまらない」
煌輝はそう言うと、瑠輝を抱えていたその腕により力を込め、ぎゅっと強く抱き締めた。
それが瑠輝はとても嬉しくて、だがそのまま素直に言葉を返して良いのか分からず、瑠輝の胸はきゅっと痛んだ。新たに生まれたこの痛みは、恋によるものだったのだとこの瞬間、瑠輝は知る。
「瑠輝はどう? アルファのこと、まだ嫌い? 否、アルファのことを嫌いでもいい。俺だけを好きにさえなってくれれば、それで構わない」
恥ずかしげもなく煌輝は甘くそう告げると、素早く黒のハイヤーを掴まえ、瑠輝をその場へ大事なものを扱うかの如くそっと下ろした。
「逃げないよな?」
とびきりの笑みでそう瑠輝へ念を押すと、白く細い瑠輝の手首を軽く握り、ハイヤーへと乗り込んだ。
ハイヤーに揺られた瑠輝たちは、ものの僅かで“秘密の薔薇園”へと辿り着いた。
車から降り立った瑠輝は、つい条件反射で蔓薔薇の抜け道へと脚が向いてしまう。
「そんなところに抜け道があったのか。今度は通れないように、業者を呼んで一度点検しよう」
そう言って、煌輝に引き留められた瑠輝は罰が悪そうに「ごめんなさい」と小さな声で謝罪する。
同時に、この抜け道が塞がれたら今後気軽に煌輝へ逢いに行くことはできないのではないか、と危惧してしまう。
「案ずることはない。今度からここへ入る時は必ず俺が同伴するから、堂々正面から入ればいい」
煌輝はそう言って、蔓薔薇の要塞のその正面入口ゲートへ二人は立った。
見事な門だ。
瑠輝は言葉を失う。
白亜の洋館を初めて見た時も驚いたが、更にその門扉は圧巻だ。
薔薇をモチーフに、白を基調としたベルサイユ宮殿のようなバロック建築様式の門がそこには並んでいた。その遥か奥には噴水や、宮殿のような建物が幾つか見える。残念ながら、煌輝が住む白亜の洋館はここから確認することができなかったのだが。
「ここの正面は、バロック建築だが少し奥へ進むと、いつも見なれたロマネスク建築の建物が見えてくる」
瑠輝は煌輝の言っていることがよく理解できず、適当に相槌を打つ。
ともだちにシェアしよう!