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「虫は、無事に追い払えたか?」
煌輝は心配そうにそう告げると、素早くサドルから降り、瑠輝の顔周りを中心にその近辺を執拗に眺める。虫がいないか確認しているのだろう。
それこそ、キスできそうなほど顔を近付けて。
複雑な心境で、瑠輝はその様子を見守る。
「それより、だいぶ長い時間後ろに座っていたから疲れただろう? 目的地はすぐそこだから、自転車から降りて少し一緒に歩こうか」
煌輝はそう提案するとシティサイクルのスタンドをゆっくり立てた。
「目的地、あったのか?」
少し驚いた顔して瑠輝は煌輝を見上げる。
「そうだが」
今度は煌輝の方がその反応に、驚きの顔を示す。
「まさか、俺のことを人攫いと思ったんじゃないだろうな? 一応、断りは入れたんだが」
怪訝そうに言った煌輝の顔が夕陽で照らし出され、その美貌がより輝いて神々しく見える。惚れた弱みというヤツかもしれない。
だがどこへ居ても、どんな条件であっても、やはりこの男は生まれながらに王子様なのだと感じた。
シェルター暮らしの瑠輝とは、その血統が違うのだ。
「覚えてるよ。こんなにも美しい王子様に言われて忘れるヤツなんて⋯⋯この世にいない訳、ないじゃん」
複雑な想いを胸に、瑠輝は強がって返す。
「瑠輝に覚えていてもらえただけで、俺は嬉しいんだが」
爽やかに煌輝は言ってのけると、瑠輝をそっと抱き上げキャリアから降ろした。
「さ、ここからは一緒に歩こう」
煌輝はそう言うと、シティサイクルを押しながら瑠輝を内側に、自身は車道側を当然の如く歩き始めた。
無意識に行われた紳士的なその振る舞いに、改めてその育ちの良さを、また自分はもしかすると酷く大切にされているのかもしれない、とそう感じてしまう。
同時にふと、いつか煌輝が言っていた心乱すほど愛していた過去の想い人の存在を思い出す。
――その人にも、煌輝はこうして大切にしてきたのだろうか。
否、自分で「心乱す相手」と言っていたのだろうから、きっとそれ以上のことまでしていた可能性も否めない。
超エリートアルファというだけで世間からは引く手あまただというのに、ましてや“キングローズ”という肩書きを持つ煌輝のことだ。
心乱す相手でなくとも、そういった紳士的な振る舞いどころか、立場上それ以上のこともきっと卒なくこなしてきたに違いない。
暗く沈む瑠輝に、その言葉は掛けられた。
「とにかく、二人きりになりたかったんだ。向こうに居ると、誰かしらが傍に居て瑠輝に悲しい想いをさせてしまうからな」
煌輝はそう言うと、真剣な眼差しで瑠輝を見つめた。
比較的近くで漣の音が聞こえ、実はもう海のすぐ傍まで二人が来ていたことを瑠輝は知る。
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