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嬉しい言葉だったが有耶無耶にしたまま、煌輝とこれ以上先には進めない。瑠輝は言葉を選びながら躊躇いがちに口を開く。 「⋯⋯あのさ、確か煌輝には⋯⋯その、既に決められた相手が⋯⋯いるんだろ? 僕、身体だけの⋯⋯番なんて、やだ」 瑠輝はそう話しながら、視線を煌輝から逸らす。こんなことを話す今の自分は、酷く惨めだと感じてしまう。 だが、それでもそこははっきりさせておかねばならない大事なことである。常々、自分が嫌だと思っていたオメガに成り下がらないためにも。 シェルター暮らしの瑠輝を必要としてくれるのは、この上なく嬉しい。 ただ――。 「――瑠輝は、俺の好きだった人によく似ていたんだ」 幾分か強くなってきた潮風に淡い色した髪をはためかせ、遠くを見つめながら煌輝は言った。 「それって⋯⋯前に言ってた、“心乱す”相手だった人の⋯⋯ことか?」 恐る恐る、かつ確信をつくように瑠輝は訊ねる。 はっきりと煌輝はそれに答えることはなく、瑠輝の顔を見て小さく苦笑した。やはり間違いないなかったのだと、瑠輝は察する。 「その人も⋯⋯オメガ、だったのか?」 遠慮がちに瑠輝は問う。 「否、多分⋯⋯俺と同じでアルファだったと思うが、正直言って今はもう、よく覚えていない」 煌輝の横顔が寂しそうに揺れて見えた。 同時に、煌輝の好きだった相手が自分とは違うアルファなのだと知り、その胸へ確実に衝撃が走る。 「瑠輝と一緒だ。実は俺も、断片的に記憶がない時期がある。余程、失ったショックが大きかったんだろうな」 自嘲しながら煌輝は言った。 「そんな⋯⋯」 思わず瑠輝はそれ以上の言葉を失くす。 「失った時の記憶さえ、もうほとんど覚えていないんだ。あんなにも大切な相手――だったはずなんだが」 小さく溜息をつくと、煌輝はスラックスを気にすることなく砂の上へと腰掛けた。 「だが今でもこれだけは、はっきりと覚えている。いつも俺のことを導いてくれた、光のような明るいその存在を⋯⋯」 独りその場へ立ったままである瑠輝の手を、そっと煌輝は手前へ引く。 「煌輝のような超エリートアルファを導くような相手なんて、その人⋯⋯余程歳上の、すっごいアルファなんだな。でも、その人と僕とはどこが似ているんだ?」 そもそもアルファであったら、既にオメガの瑠輝とはその性からして違う。 言葉に少しの嫌味を込め、瑠輝は返す。 「もしかして、嫉妬してくれてるのか? だとしたら、嬉しい」 クスリと煌輝は笑ったが、やはりその顔はどこか悲しい面持ちに見える。今更ながら、嫌味を話すタイミングではなかったことに、瑠輝は気がつく。 「――実は兄、なんだ。俺が好きだった相手は⋯⋯」 目を伏せ告白した煌輝に、瑠輝は酷く混乱し、今度こそ本当に絶句する。 ――ウソ。⋯⋯アルファで、煌輝の兄⋯⋯だって? 全く、意味が分からないと瑠輝は思った。 何事も完璧な煌輝の、心乱す相手が綺麗な女性ではなく、よりによって実の兄だったとは。どうして想像できよう。

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