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「⋯⋯そんな、じゃ僕⋯⋯オメガで番になれるっていう資格以外、何一つ⋯⋯煌輝のお兄さんに、勝て⋯⋯ないじゃん」 やっとのことで瑠輝は声を絞り出す。 「そんなことない。今、俺が傍に居て欲しいのは瑠輝だけだ」 掴んでいた瑠輝の手を、煌輝は更に強く自身の方へと引き寄せた。 くんと瑠輝の身体が前へ引っ張られバランスを崩しそうになるが、必死に両脚で地面を踏み締めそれを耐える。 「何だよ。結局、僕は(てい)のいいオメガ枠ってことだろ? あっ⋯⋯そっか。僕が番として優秀なアルファを生んだら、正妻がアルファを生めなくても問題ないもんな。つまり、僕は妾ってことだろ?」 感情の赴くまま、次から次へと瑠輝は饒舌に捲し立てる。飴色のその瞳からは、ぼろぼろと大粒の涙が溢れ、際限なく頬を伝うのであった。 「違う!!」 瑠輝のそれを一蹴するように、煌輝は怒号を上げる。 びくっと瑠輝は全身を萎縮させ、溢れ出る涙以外、全ての時が止まってしまう。 負の感情を、こんなにもあからさまにぶつけてくる煌輝は初めてだ。 「⋯⋯違う、そうじゃない⋯⋯瑠輝を怖がらせたいわけじゃ、なくて⋯⋯悪い⋯⋯」 掴んでいた瑠輝の手をそっと離し、煌輝は横を向いた。 酷く悔やんでいる横顔だった。 「本当に⋯⋯その、瑠輝は妾とかそんなんじゃなくて⋯⋯もう一度、自分が心より幸せにしたいと、そう思った相手なんだ。⋯⋯これは本当だ」 脅える瑠輝に配慮してか、一度も視線を合わせることなく煌輝は告げる。 「確かに最初は、生意気なオメガだと思っていた。俺にあれこれ指図して良いのは、大好きな兄だけなのだと」 確かに出逢った頃の瑠輝は、アルファ嫌いも相俟ってか、ことある事に煌輝の態度に腹を立て、楯突いていた。突然現れた格差社会の底辺に存在するオメガから物申され、将来国を背負う立場である煌輝も、さすがに苛立ちを隠せなかったのであろう。 「⋯⋯だが、逢う度に兄とは違う瑠輝の豊かなその感情表現に、気がついたら俺は強く惹かれていた」 煌輝はそう言うと、躊躇いがちに瑠輝の顔を見上げた。マロン色した煌輝の瞳がいつになく真剣な色を宿しており、瑠輝はそこから視線が外せなくなってしまう。 「兄も含め、俺の周囲は感情を表立って表現するのを良しとしなかった。それもあって瑠輝の存在はとても新鮮だったんだ」 嫌味かよ、と瑠輝はその言葉に顔を顰める。 しかし煌輝は力なく首を振り、「そうじゃない」と呟き、こう続けた。 「俺に近寄って来るオメガたちは、大抵家柄や財産目当てで、妾腹でも良いという、したたかで卑しい者が多かった。だから、オメガには何がなんでも心揺さぶられたくないと強く思っていた」 出逢った頃の煌輝の不遜な態度は、そういった背景があったのだと瑠輝は察する。 超エリートアルファなりに、オメガとはまた別のところで深い悩みがそれぞれあるのだ。 「だが、瑠輝は違った。無茶苦茶な理由をこじつけてまで、自ら逢いに行きたいと思うほど――俺の心へ入り込んでいたんだから」 煌輝はそう言うと、離したはずの手を再度捉えると、瑠輝を自身の方へ思い切り引き寄せた。

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