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鉄の塊のように重く、動かない煌輝の身体は、驚くほどの熱を持っていた。
先ほどから熱いと感じていたのは、錯覚でも欲情からでもなかったようだ。
「すっごい熱だ」
額に手を充てるや否や、煌輝のその異常はすぐに判明した。
「⋯⋯てか、何だよ――その包帯?」
Tシャツからすらりと伸びた左前腕に巻かれた包帯が、血で紅く染まっている。
「⋯⋯っ!」
不意に瑠輝は、蔓薔薇の向こう側でエリートアルファたちが話していた言葉を思い出す。
瑠輝の発情期により煌輝が怪我を負い、その腕には痛々しいほどの包帯が巻かれているのだと。
しかも、あの男たちは公務を代行するほどの大怪我だと言っていた。
――まさか、この包帯が⋯⋯その?
見る見る内に、その顔は血の気を失っていく。
確かに、途中から右手だけしか使っていないとを不審には思っていた。
だが、それまで軽々と何度も瑠輝のことを抱き上げていたせいで、どうしてもその違和感が怪我へと結びつかなかったのだ。
――気づかなかったとはいえ、僕はそこに爪を立てて⋯⋯。
血生臭い匂いだって、感じていたじゃないか。
だというのに、目先の欲にだけ意識が向いてしまって。
「どうしよう⋯⋯。どうしたらいい?」
突如、酷い罪悪感へと苛まれる。
――とりあえず救急車を。
頭にそう過ったところで、冷たいものが瑠輝の鼻をポツリと濡らした。
「ん?」
次第にそれは、顔だけでなくポツポツと頭上にも落ちてくる。
やがてそれが何であるか考える間もなく、ザァーと音を立て、地上へ雨として降り注ぐ。
「こんな時に雨かよっ」
慌てて瑠輝は学ランを脱ぎ、煌輝が濡れないようその顔の上へかけた。
「どこか避難できるところ⋯⋯どこか!」
ただでさえ、月の出ていない真っ暗な海辺を、瑠輝の視界を邪魔するように大雨のベールがその前へ立ちはだかる。
それでも瑠輝は目を凝らし、必死で屋根のある場所を探す。
――どうしよう。どこにも避難する場所が⋯⋯。
追い詰められた瑠輝の耳に、雨音以外の無機質な音が耳を掠める。
「そうだ、煌輝の携帯電話があった」
――電話を掛けてきたこの相手に助けを求めれば⋯⋯。
シェルター暮らしのオメガは、その規則により携帯電話を持つことを許されていない。シェルターに隠れ、携帯電話から個人的に春を売るため後暗い相手へ連絡を取り、一時そこから変な事件に巻きまれるオメガが後を絶えなかったからだ。
バックポケットで振動する煌輝の携帯電話を素早く取り出すと、そのディスプレイに表示されていた名前を見て瑠輝は、はっと息を呑む。
――龍臣、さん⋯⋯だ。
どうしよう。こんなところに、二人で居ると知られたら⋯⋯。
発情期が訪れる直前に見せた「絶対に煌輝には近寄らせない」という龍臣の不遜な態度が、不意に頭を過ぎる。
――怖い。
でも、でも⋯⋯早く、一刻も早くこの状況から煌輝を助けたい。
使い方は熟知していたが、実際には初めて操作する携帯電話に、震える人差し指を滑らせていた。
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