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五月末の走り梅雨は、二人の体温を徐々に奪っていた。 意識のある瑠輝でさえもその手脚の末端は冷えきり、とうの昔にその感覚は失っていた。 既に二人共すぶ濡れではあったが、それでも煌輝だけは、と。小さな身体で彼を覆うように、瑠輝は必死でガードする。 ――頑張らなきゃ。今、煌輝を護れるのは僕しかいない。僕がしっかりしないと。 自身の制服にはたっぷり雨が染み込み、だいぶ重さを感じる。着衣水泳をしている気分だった。 頬へ滴り落ちる雫と共に、瑠輝のその淡い髪はべったり張り付き、極限に冷えきったその身体からは大きな震えが止まらない。 電話を切ってから、一体どれほどの時が経ったのだろうか。 まだ助けは来ない。 悪天候の中、独りでその助けを待つにはそろそろ気が遠くなってしまいそうだった。 少し気を緩めると、自身の意識もこの大雨に、そして弱い自身の心へ呑み込まれてしまいそうだった。 『すぐ助けに行く』 龍臣のそう言った言葉だけが、もう頼りだ。 ――それにしても寒い。五月だって言うのに、寒くて、寒くてどうにかなりそうだ。 いよいよ、瑠輝自身の意識も危うさを感じ始める。 ――まずい。龍臣さんが来るまで、何とかしっかり意識を持たないと。煌輝には恩がある。発情期の時、瑠輝のフェロモンでラットになったアルファを身を呈し、鎮めてくれたのだから。 歯を食いしばり、その恩から瑠輝は必死で意識を保とうとする。 だが、瑠輝の目の前はふわりと白んで、もうこれ以上は無理だと、頭のどこかで警鐘の鳴る音がした。 その時である。 二人の居る場所へ眩しい光がぴかっと向けられた気がした。 「眩し⋯⋯」 遠のく意識の中で、瑠輝はポツリと呟く。 僅かに弱まった雨の中、時間差でびちゃびちゃと泥を踏む音が聞こえた。 「おい! 大丈夫か!!」 龍臣だった。 彼よりも大柄で強面の黒服男が二名、その後へ続いていた。内、一名が高級そうな傘をそっと龍臣の頭上へと差し出している。 ようやく助けが来たのだ。 これで瑠輝たちは助かったのだ。 「⋯⋯助かっ、た」 ようやく肩の荷が降りたのだと、瑠輝は胸をほっと撫で下ろす。 「――って言うかお前、あの時のオメガ⋯⋯」 顔を思い切り顰め、龍臣は不快な表情を見せる。 瑠輝はハッとしたが何もかも、もうどうでも良かった。煌輝さえ無事なら自分など、どう言われても良いと。覚悟は決めていた。 「またお前のせいか。シェルターオメガ」 侮蔑の色を見せた口調で、龍臣は告げる。 「元はと言えば、発情したお前のせいで煌輝は怪我をしたんだ――発情したお前を無事にシェルターまで送り届けるため、自分の手を刺したんだからな」 「――え?」 聞いていた話とは違う、そう瑠輝は思った。 「⋯⋯僕を、シェルターまで届けてくれたのは⋯⋯莉宇だったんじゃ、ない⋯⋯のかよ?」 激しい動揺を隠しきれず、ゆっくり龍臣の顔を見上げた。

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