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「煌輝だって、最初はそのつもりだったんだ。俺にそう指示を出していたくらいだからな」
忌々しそうに告げた後、龍臣は黒服の男二人へそっと耳打ちした。何一つ、黒服たちは顔色を変えず龍臣の指示を受けると、傘を持っていない方の男が、いとも簡単にその手の内から煌輝を攫い、その場から立ち去っていく。
安全な場所へ保護されるのだと頭では理解していたが、強引なそれに奪われた感も否めず、咄嗟にその名を叫ぶ。
「⋯⋯こーき!」
手を伸ばし脚を出し、その後を追いかけようとするも、体温を奪われ麻痺した手脚は瞬時に機能しない。
――クソっ。
大きな苛立ちを瑠輝は感じた。
「悪いが俺には、フェロモンに充てられないよう、自分の手を傷つけてまでお前を護る価値があるとは思えない」
冷淡な表情で龍臣はそう告げる。
「⋯⋯自分の手を傷、つけた?」
「そうだ。木崎とは連絡がつかなかったこともあるが、こうなったお前を他のヤツには任せられないと言って、ベータの運転手を手配しシェルターまで煌輝自身がお前に付き添ったんだ」
「⋯⋯でも、水城先生が綺麗な顔したベータが⋯⋯僕をシェルターへ⋯⋯って⋯⋯」
真実を確かめるように、恐る恐る瑠輝は訊ねる。
「煌輝、ベータじゃなくてアルファじゃ⋯⋯」
戸惑う瑠輝に、龍臣はこう返した。
「そりゃ簡単だろ。発情したオメガをアルファが届けに来たなんて言ったら、規律が厳しいシェルターで大問題になるだろ? アイツがお前に気を遣ってそう言ったんだよ。シェルターオメガは、確か外でアルファと接近すると罰則があったと思うが⋯⋯」
将来、国のトップへ立つ可能性があるだけあって、龍臣もその知識を周知していたようだ。
水城があの時言っていた「少しフェロモンに充てられていたようだ」というベータは、まさにフェロモンに充てられたアルファの煌輝のことだったのである。
「ちなみに煌輝のあの左腕、縫うほどの深い傷だ。それほど、理性を保ちたくて躊躇いなく自分を刺したということだな。血で染まったさっきのあの包帯は、無理し過ぎて傷口が開いたんだろう。絶対安静だというのに、自転車で遠出までしやがって」
龍臣の言葉に、瑠輝は青ざめた。
蔓薔薇の陰で聞いたアルファたちの話は、事実も含んでいたのだと。
絶対安静だなんて、煌輝はそんな素振りすらも見せなかった。
「ここ最近まで傷口からの熱も下がらず、公務を休んでいたほどだったからな。だから、煌輝が洋館からいなくなったと報告があった時はさすがに焦ったが」
――そこまでして、僕に⋯⋯逢いに来てくれていたのか?
無茶までして、僕と⋯⋯。
胸が痛いような、甘酸っぱいような気持ちで瑠輝はいっぱいになった。
事実を知った今であれば、兄の件も今は違うのだと素直に受け入れられる。
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