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「煌輝はお前と居ると、どうも様子がおかしくなる。それが“恋”だの“愛”だのと、非科学的な理由からだと、俺は思わない。――アルファとオメガだから仕方なく、身体がそう錯覚しているだけだ」 瑠輝を見下ろす龍臣の目は、とても冷たい、感情のないものであった。 寒さだけが理由ではない戦慄が、瑠輝の背筋をぞくりと走る。 「そうでなければ、自分の手に刃物を突き刺すなんて馬鹿げたことはしないはずだ。否、そもそも煌輝は、そんな愚かなことをして良い立場の人間じゃない。何せ、“キングローズ”の称号を得た、選ばれし男なのだから――」 どうすれば良いか分かっているよな、お前。龍臣の顔がそう訴えているように見えた。 金輪際、もう煌輝の前には姿を現すな、と。 有無を言わせぬ迫力に、瑠輝は黙る他なかった。 「では、そういうことで俺たちはここで失礼する」 くるりと龍臣は踵を返す。 「育ちの良くない人間は、煌輝に相応しくない。だが、察しの悪い人間はもっと相応しくない。⋯⋯言っている意味、分かるな?」 一度も振り返ることなく龍臣は告げる。 サァと小雨が降る音が聞こえ、だいぶ雨が弱まってきたことを知った。 口を噤んでいた瑠輝は、それ以上何も言い返すことができず、ただその後ろ姿を見ていることしかできなかった。 悔しいだとか何だとか、様々な想いが瑠輝の頭の中を逡巡する。それでも結局は、全て龍臣の言う通りなのだと理解し、そっと目を伏せた。 「ああ、そうだ⋯⋯」 僅かばかり龍臣がチラリとこちらを振り返り、今思い出したとばかりの表情をして見せた。 わざとらしい、偽善者のような顔だった。 「将来国の政に携わる人間として、オメガ保護法に反したことをするのも心苦しいから――先ほどシェルターには連絡させておいた。直に、誰かがお前を迎えに来る」 心苦しいなど、これっぽっちも思っていないクセに。 結局は、自分自身の保身のためではないのか。苦渋を味わっていた瑠輝は、目を閉じたままそう心の中で毒づく。 「せいぜいそれまでに自力で上まであがって来るか、もしくは意識を保って居場所を知らせる以外、他に生き延びる方法はないな。何せこの一帯、少し前から警報が出ていた。下手したら、高潮で人が近寄れなくなる可能性が高いぞ」 隠すことなく龍臣は嘲笑すると、今度こそ動けない瑠輝を置いて、傘を差していた黒服と共にその場から立ち去った。 ――そんな⋯⋯。僕、このまま波に飲まれてこの世から⋯⋯消えるのか? いやだ。 いやだ、イヤだ、嫌だ。 感覚のない冷えきった両手脚を動かしその場へ藻掻くも、全く思い通りには動けない。 泥の上に力なく顔を伏せた倒れ込んだ瑠輝は、「ああ、でもその方が良いか」と悟るように独り思い直す。 頬を、全身をまた強くなってきた雨が容赦なく濡らしていく。 正直もう、冷たいだとかその辺の感覚は一切なかった。 「今度⋯⋯生まれて来る時は、誰か一人にでも望まれて生まれてきたいなあ⋯⋯」 瑠輝はそう呟き、意識を手放した。

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