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それは夢か現か。
暖かい家に、暖かい料理。温かい眼差しを向ける品の良い両親。そして自分を慕う、何よりも大切で、宝物のような弟。
「瑠輝、瑠輝」と兄の名をそう無邪気に呼び、手を精一杯伸ばし抱き着いてくるその者は、とても愛らしく、自分だけのものに見えた。
そういう感情を、世間では独占欲と呼ぶのだろうか。
可愛い弟を甘やかして良いのは自分だけ。自分がいなくては生きていけないよう、わざとそう甘やかしてきたのだ。密かに危険を伴う優越感を瑠輝は感じていた。
決して誰にも言えない、心の奥底へ深く、深く沈め、鍵をかけたその想い。
無邪気な弟に自らそう仕向けたクセに、その感情を知られるのはとても怖いと感じていた。
「――んな訳、ないじゃん」
眠りから覚めた瑠輝は、大きく目を見開くと迷わず自身へとそう言い聞かせる。
長年、密かに家族というものに憧れ続けていた結果、抑圧された願望がそのような歪んだ夢となって表れたのかもしれない。
もしくは今、瑠輝はいよいよ死後の世界にでも脚を踏み入れてしまったのであろうか。
だって⋯⋯。
「⋯⋯こんな夢、こんな想い――普通じゃありえない」
――だって、普通弟に対してそんな想いを持つことなどあるだろうか⋯⋯。
さすがにそれは。そんなことは、いくら何でも常識的に考えて有り得ない。
歪んでいる。
愛され手育った記憶がないせいで、いつの間にか瑠輝は歪んでしまっていたのかもしれないと思う。
軽く舌打ちをし、瑠輝は起き上がろうとする。
だが、その身体は鉛のようにとても重く、全く動かないことに気がつく。
――あれ、僕⋯⋯生きてる?
周囲へ視線を彷徨わせると、その身体には様々な管が繋がれていることを知った。
――これはもう少し、オメガの人生を続けなさい、という啓示なのだろうか。
確かに、後味の悪い人生の終わり方では、来世へ幸せな転生は期待できないだろう。
大きく溜息をつくと、鼻と口の周りを覆っていた酸素マスクが、その息でみるみる内に曇っていった。
バタバタと廊下で激しい脚音がして、瑠輝の居るこの部屋のドアが開けられる。
「失礼します。瑠輝くん! 意識、戻りましたか? ここがどこだか分かりますか?」
白衣のスクラブを着た、背の高いクールビューティな男性の首からは「看護師赤羽 千織 」と、書かれたネームプレートが下げられていた。
「あ⋯⋯ああ」
千織からの質問に応えようとして、喉が重苦しく、声が上手く出ないことに気がつく。
ゴホンゴホン、と大きく咳払いをするが「あ」という嗄声以外、全く出ない。
――さっきは、あんなにもはっきり声が出ていたはずだというのに。
「無理しないでくださいね」
千織は心配そうに瑠輝の顔を覗き込んだ。
白衣の天使とは、こういう者のことを言うのだろう。
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