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クールビューティな容貌とは裏腹に、千織のその声色はとても優しく、温かみを感じた。 「どこかおかしいところはありませんか?」 どこも変わりないです。そう口にしようとしたところで、やはり言葉としての声は出ない。 おかしいのは声であると訴えたかったが、伝える手段に困惑する。必死にジェスチャーで「声がおかしい」のだと、その異常を千織へ伝えた。 「声が出ないんですね。とにかく今、先生を呼びますので」 携帯していた医療用のPHSを手馴れた様子で操作し、冷静に医師を呼ぶ。 間もなく医師が瑠輝の居るこの部屋へ訪れると、ベッド上でそのまま診察が行われた。 一週間ほど前、高熱の状態でシェルタースタッフにより救急車でこの大学病院へと担ぎ込まれた瑠輝は、重度の肺炎を引き起こしており、生死の境を彷徨ったそうだ。 声が出ないのはその後遺症で、体調の回復と共に声も徐々に戻ってくるだろうとの見解が述べられる。 「――ということなので、しばらくは入院することになりましたのでゆっくり休んで下さい。喉も無理して使わないように、しばらくは筆談でお話しをしましょう」 笑顔で千織は告げると、どこにでも売っている大学ノートとペンを瑠輝のベッドサイドへ置いた。 ――今年の誕生日は、病院で過ごすことになるのかな。 大きな溜息をつき、目を伏せた瑠輝はそこへ自分と同じ誕生日である男の顔を思い浮かべていた。 ――いっしょにお祝いできると思ってたのに、な。 もう二度と逢えないだろう相手のことを強く想い、胸が酷く痛んだ。 気を緩めたら涙が溢れ落ちそうだった。 瞼へギュッと力を込め、それを塞き止めようとする。 「瑠輝くん、どうしたの?」 目敏く千織が声をかけた。 力なく瑠輝は首を振り、誰もいない窓際の方へと顔を背ける。 察した千織はそれ以上何も訊ねることなく、「何かあったらナースコールを押して下さい」そう言って病室を後にした。 涙を溢す暇もなく、千織と入れ替わるようにして水城が病室へと姿を見せる。 「⋯⋯!」 声に鳴らない叫び声を上げ、瑠輝は水城を睨んだ。 「そんなに警戒するな。さすがに病人を前にして何かしようとは思わない」 シルバーフレーム眼鏡のブリッジを、水城は軽く中指で触れる。 「先ほど先生に色々、状態を伺ってきた。学校にも、もうしばらく入院する連絡は入れておいたから安心してくれ」 前置きのように淡々と水城はそう告げると「ここからが本題だ」そう言わんばかりに目を眇め、口を開いた。 「――で、秘密の薔薇園のヤツからシェルター宛てに『砂浜でオメガが倒れている』と連絡を貰ったが――外で、アルファと会っていたのか?」 水城からのその質問に、瑠輝は無表情になる。 「否、違うな。間違いなく、アルファと()っていたんだろう?」 何もかも見透かしたかのようなその冷たい瞳に、瑠輝の心はドキリと脈打つ。

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