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――ここへ運ばれて来た時、瑠輝くんの着てた制服のズボンのポケットから出てきたんだよ」 手に握られていたそれを、瑠輝の目の前へと差し出した。 「本当はこれ、着ていた制服なんかと共にシェルターの職員へ返却しないといけない規則だったんだけど⋯⋯」 『これは、携帯電話?』 差し出されたものを恐る恐る掴み、瑠輝はじっと眺めた。 「そうだよ。全身雨に濡れていたから、正直水没していないか不安だけど」 瑠輝は携帯電話を持っていない。ズボンのポケットからこれが出てきたとあれば、間違いなくあの日、煌輝の居場所を知らせるために触った彼のもので違いない。 ありとあらゆるボタンを押したが、そのどれも電源が入る様子はない。 やはり雨に濡れて故障してしまったのだろうか。 携帯電話を手に、瑠輝は項垂れる。 「あ、多分充電そのものがもうないのだと思う。僕もそのタイプと同じ携帯を持っているから、後でこっそり病室へ充電器を持っていくね」 ああ、そうか。という顔をして、瑠輝は大事そうにその携帯電話を握り締めた。 まだ、間接的に煌輝とこの携帯電話で繋がっているのだ。 空だけを見て、煌輝への想いを馳せるだけで終わりにしなくて良くなるのだ。 嬉しい。 うれしい、うれしい、うれしい⋯⋯! もしかしたら、煌輝とまた繋がれるかもしれない。 萎れていた瑠輝の心には、あっという間に一筋の光が宿る。 とりあえず、どうかこの携帯電話が水没していませんようにと。裏庭から病室へ戻る間、心にそう強く何度も願うのだった。 千織が充電器を瑠輝の病室へ持ってきたのは、昼食の配膳時のことだ。 お膳と共に、こっそりその充電器を「内緒だよ」と言いながら、瑠輝のその手の中へ握らせた。 感情が昂った瑠輝は、昼食そっちのけで携帯電話を充電器に差し、その電源が復活するのを今か今かと待ち望む。 病棟内の一通りの配膳を終えたところで、千織が昼食後に内服する瑠輝の薬を持って訪室する。 ソワソワした様子の瑠輝に、千織は苦笑しながら言った。 「そろそろ電源入れてみたら?」 「!!」 顔いっぱいに、瑠輝は歓喜の表情を浮かべ、手当り次第に本体の脇についていたボタンを押していく。 「――あれ、もしかしてこの携帯電話⋯⋯瑠輝くんのじゃないの?」 不自然なその仕草に、千織は怪訝そうな目を向けた。 瑠輝はドキッとした。 違うと応えたら、取り上げられてしまうのだろうか。 それは絶対に嫌だ。 何としてでも回避したい。 この携帯電話は、瑠輝と煌輝を繋ぐ、最後の絆なのだから。 奪われないように、咄嗟に瑠輝はその携帯電話をぎゅっと両手で強く握り締めた。「違う、自分のだ」と言わんばかりに、何度も小刻みに首を振る。

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