103 / 139
8-10
「安心して。取ったりしないよ。⋯⋯それ、瑠輝くんの大事なもの――なんでしょう?」
千織は穏やかに瑠輝を見つめると、電源ボタンを押した。
「電源入ったね。無事に使えそうだ」
瞠目しながら、瑠輝は千織を見上げる。
どうやら千織は、この携帯電話が瑠輝のものではないことを分かった上で、手助けをしてくれるようだ。
「パスコード、分かりそう?」
画面上に表記された三列の数字の羅列に、瑠輝は頭をひねる。
――こういう時って、普通どんな番号で設定する?
誕生日、とか?
二人の誕生日である、六月六日が浮かぶ。
否、“キングローズ”たるもの、それをパスコードにするにはあまりにも安直過ぎるだろう。
「最近こういうのって、セキュリティを簡単に突破されないように誕生日とか、そういうパーソナルなものって設定しない風潮だからね」
気の毒そうに千織は告げる。
やはり、と瑠輝は思ったが、それでもダメ元でと八桁のパスコードに零、六の数字を交互に二度入力する。
当然だが、入力する数字が全く足りずセキュリティを突破できない。
――あと四文字、何か⋯⋯。
何か、煌輝に関係する数字はないだろうか。
誕生日だけでダメならば、生年月日を含んだ文字数などはどうだろう。
瑠輝たちが生まれたのは、今からおおよそ十八年前で、西暦で入力すると⋯⋯八桁になる?
さすがに安直過ぎると思ったが、それでダメだったら、また検討し直そうと小さく決意する。
タッチパネルを西暦から入力していくと、意外にもすんなりそのセキュリティは解除された。
「あ!」
千織と共に、瑠輝も声にならない叫び声を上げる。
トップ画面のその背景は、いつ撮られたのであろうか。微笑む瑠輝の横顔が設定されていたのだ。
「――瑠輝くん、この携帯電話⋯⋯もしかして」
――ウソ。これ、僕?
煌輝⋯⋯!
どうしようもないほど瑠輝の感情は大きく揺さぶられ、無意識の内にぽろぽろと涙を溢していた。
「携帯、他の人へ渡さなくて良かった」
心底安堵した表情で、千織はそう言った。
まつ毛を濡らす熱いもののせいで、千織の顔がよく見えなかったが、瑠輝は「うん、うん」と携帯電話を握り締めながら何度も頷く。
「この携帯の持ち主さん、瑠輝くんがこれを持っていること⋯⋯知ってるのかな?」
分からない、と首をゆっくり振る。
「――もしかすると、その持ち主さん紛失したと思って、番号を変えている可能性もあるかもしれないね」
ああ、という表情をした後、瑠輝は唇をキュッと噛む。
「この携帯電話の番号、知ってる? 知ってたら公衆電話から、繋がるか掛けてみることも可能だけど」
千織からの提案に、悔しさが滲む乱れた文字で『知らない』と一言、ノートへ書きなぐっていた。
ともだちにシェアしよう!