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奇跡的にパスコードが分かり、電源の入ったそれを瑠輝はお守りがわりに肌身離さず、まさに携帯(、、)電話として持ち歩いていた。 もう三日、電源を入れてから誰からも連絡がない。千織の言う通り、もしかするとこの電話は使用されていないのかもしれない。 分かっていても瑠輝は煌輝との唯一の繋がりを、片時も手放せないでいる。 ――待つだけ、ムダ⋯⋯なのかもしれないけれど。 でも、もしかしていつか⋯⋯。 当然、基本院内では携帯電話禁止区間もある。ここ三日間の瑠輝は、携帯電話を持ち込めない場所への移動を拒み、治療やリハビリには消極的となっていた。 自分でもそれではダメだと分かっている。 だが、もし瑠輝が携帯電話から離れている時に煌輝から連絡があったら? ありもしない「タラレバ」を考え続けた結果、四日目に瑠輝は病室から出られなくなっていた。 担当看護師である千織は、それに対して特に怒ることもなく「分かりました」と言うだけで、無理強いをすることはなかった。 急性期の症状を脱していたこともあるのだろうが、心因性で喋ることができなくなっていた瑠輝を強制しても、その症状は悪化の一途を辿ることは明白だったからであろう。 いつまでも鳴らぬ携帯電話が煌輝からの応えだというのに、往生際悪く、瑠輝は今日も朝から病室でその連絡を、窓際で独り待っていたのだ。 病室のドアがコンコン、と二度ノックされ「瑠輝くん、入るよ」と千織の声がドアの向こう側から聞こえてきた。 ドアの開閉の音と共に、瑠輝はそちら側へ顔だけ向ける。 「そろそろその携帯、充電が必要な頃じゃない?」 身勝手な瑠輝を怒ることなく千織は訊ねた。 かつて携帯電話を取り出したそのポケットから、今度は充電器を取り出す。 千織とお揃いだという最新機種のそれは、携帯電話として何も機能していなかったせいか、充電の減りは非常に遅かった。 それでも今、瑠輝の手中にあるそれはいよいよ右上の充電マークが赤くなり、残り一桁のカウントダウンを始めていた。 「はい」と言いながら、再び千織は自身の充電器を瑠輝へと手渡す。 「本当は、患者さんとの貸し借りダメなんだけど、瑠輝くんは後見人の方とも関係が微妙だから内緒で、ね?」 自身の口に、そっと人差し指を立ていたずらな表情を千織は浮かべて見せる。 申し訳なさから慌てて瑠輝は、手渡された充電器を千織の手へ押し返す。 「あれ? 充電しなくて大丈夫?」 目を丸くして千織は言う。 正直、大丈夫――ではないが千織に規則を破らせてしまうのは忍びない。ふるふると左右に首を振り、その申し出を拒否する。 「え? 本当にいいの?」 再度、千織は訊ねる。 うーん、と酷く躊躇うジェスチャーを見せた後、瑠輝は静かにコクンと小さく頷いた。 「あ、じゃあ提案なんだけど――充電が終わるまでの間、久しぶりに外へ散歩に行かない? もちろんその間、僕が携帯電話を見張っているからさ。何かあったらすぐ知らせるし」 予想もしていなかった千織からの提案に、「だったら誰が僕に付き添うの?」と瑠輝はノートに書いて問う。 「あー、それは――」 言いかけた千織の言葉に、もしかしてシェルターの誰か⋯⋯ではないことを強く祈る。 緊張感が全面に出ていたようで、千織はそれを見て、クスリと笑った。 「大丈夫。シェルターの人でもないし、病院関係者でもないから気を楽にして」 では一体、誰が。そう思った瑠輝は、怪訝そうに千織を見つめた。

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