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「入っていいよ」
ドアの方へ千織は声を掛けると、青みがかった少し薄い紫色のブレザーを着た黒髪の男の子が酷く警戒するようにこちらを覗いていた。
黒目がちのその男の子はまるでリスのような小動物系に見え、つい可愛いと思ってしまう。
瑠輝は視線で「あの子は?」と千織へ問い掛ける。
「ああ、あの子は僕の一番下の弟で心織 だよ。年は瑠輝くんと同じ」
ふーんと頷くが、瑠輝は平日だというのに学校へ行っていない心織を不思議がる。すぐ様千織は瑠輝の様子へ気がつき、苦笑した。
「僕の弟、あまり勉強が得意じゃないんだ。だからまぁ、端的に言うと⋯⋯そう、サボり、だね」
濁しながら告げる千織の言葉に、ドアからこちらの様子を窺っていた心織は、大きな衝撃を受けたように驚嘆していた。
「兄ちゃん⋯⋯酷っ」
おろおろしながら心織は言う。その姿は小動物が怯えているようで、その愛らしさから無意識の内にクスクスと瑠輝は笑みを溢す。
「仕方ないだろ、事実なんだから。とりあえず隠れてないで瑠輝くんに挨拶しなさい」
容赦なく千織は告げると、しゅんとしながら「はーい」と返した心織は緊張の面持ちで、瑠輝の前まで歩み出る。
「赤羽心織です。高校三年生です」
深々お辞儀する心織につられ、つい瑠輝もその場へ立ち上がり、声の出ない口をパクパク動かしながら深々とお辞儀をしてしまう。
「心織、こちらは瑠輝くんだよ。成績はとても優秀だそうだから、勉強でも教わりなさい」
毅然とした態度で千織は心織へ告げた。
心織は「マジか」と苦虫を噛み潰したような顔をする。
「あ⋯⋯ただし、一時的に今、瑠輝くんは声が出ない状態だから、会話する時はノートもしくはジェスチャーを活用するんだよ」
念を押すように千織は告げると、「へーい」と面倒くさそうに心織は返した。
「コラ、心織! 態度が悪い。瑠輝くんに失礼だぞ。ちゃんとしないなら、母さんたちにサボってることを伝えても良いんだからな?」
「分かったよ! 母さんたちに言うのだけは、マジ勘弁して!」
顔の前で両手を合わせ、悲痛な顔で心織は訴える。
「――という訳で、こんな愚弟なんだけどきっと瑠輝くんの役に立つだろうから。きっと⋯⋯」
意味深に千織は告げると、そのまま二人を病室から送り出したのであった。
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