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瑠輝の先導で、二人は先日と同じ順路で一階の裏庭へと出る。 車椅子をぎこちなく押しながらスロープを下る心織に、内心瑠輝は不安を感じていた。それでも一生懸命、車椅子を押そうとする気配が伝わってくるため、何も言えない。 ようやくスロープを下り、石畳のガタガタ道を避け、バリアフリーの道へ出るといつもよりそこは散歩に来た患者や面会者で、それなりに人の密度は多いように見えた。 だが心織は、そのままそこを素通りし今まで行ったことのない、その先に見える森のような庭の奥まで車椅子を押していく。 ――え、どこへ行くんだろう。 大きな戸惑いを感じ、瑠輝は背後を振り返る。 「大丈夫です。敷地内だと何かと不都合らしいって、兄ちゃんがそう言うから」 どういう意味だ、と瑠輝は目を丸くして視線で訊ねた。 木々の合間を縫うように作られた、まだ舗装され間もない白く狭い歩道を、何の躊躇いもなく行く。 森の中は、噴水の辺りより体感温度が若干低く感じ、何も知らされていない瑠輝は不安を覚えた。 「心配?」 不意に頭上の心織から声を掛けられる。 素直にコクっと頷くと、心織はこう続けた。 「大丈夫だよ。俺も兄ちゃんも、瑠輝くんの敵じゃない。だから今日も、ここへ連れて来ている訳でさ」 平坦な道であるせいか、車椅子を押す心織の手はだいぶリラックスしてきている。 「――実は兄ちゃんに内緒だぞ、って言われてたんだけど⋯⋯」 突然、心織はそう言って一度口を噤む。 瑠輝もこの先、どんな言葉が続くのか不安を感じ、緊張な面持ちで耳を傾ける。 森は案外そこまで長く広く続いておらず、そろそろその終焉が見えて来た。 「ここ二、三日、瑠輝くんに逢わせて欲しいって⋯⋯そう何度も何度も面会に来る人が居るんだって」 心織の話に、瑠輝はその人物が水城ではないか、と全身に緊張を走らせる。 森を抜け、舗装された白色のアスファルトが目の前へ遠く広がると、長く続く外壁の一角に簡易的に作られた出入口があった。その扉の前に、瑠輝は独りの背の高い男の姿を認める。 ――あれ、誰かが立っている。 こんなところに居るなんて、一体? 瑠輝がそう考えていると、心織は話を続けた。 「――違うよ。瑠輝くんが心配しているような危険な人じゃないみたい。むしろ⋯⋯」 心織が言いかけたところで、瑠輝もその顔を目撃し、はっと大きく息を呑んだ。 「瑠輝!!」 その名を瑠輝が口にするより先に、そこへ立っていた男が車椅子の方へ駆け寄り、華奢な肩を強く抱き締めた。

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