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「あ、あのっ!」
二人の間に、心織が割って入る。
ハッと煌輝は顔を上げ、たった今、心織の存在に気がついたような顔をした。
言った後で、心織もタイミングを間違えたと、きまりの悪い顔をする。
「⋯⋯ごめんなさい」
続けて、今にも消え入りそうな声で心織は謝罪する。
「否、俺が悪かった⋯⋯やっと、瑠輝に逢えたからつい嬉しくて。夢にまで見たからその⋯⋯本当に、悪かった」
嘘偽りのない真摯な態度で謝罪した後、煌輝はゆっくりその場へと立ち上がった。
ライトグレーのジャケットに、黒のインナー。同じく黒のスラックスと、地味な恰好をしていた煌輝に、今更ながら瑠輝は気がつく。
「瑠輝くん。この人が、兄ちゃんの言う、ここ数日――何度も面会するために通って来てた人だよ」
煌輝を擁護するように心織は補足を始める。
「瑠輝くんが大事にしていた携帯、電源を入れてくれたお陰で、ここが分かったんだって」
最近の携帯電話は、GPS機能もついているから便利だよな、と感心しながら心織は言った。
ふとそこで、改めて本来の携帯電話の持ち主が現れたことに気がつく。
――あ、そうか。
あの携帯電話、煌輝に返却しないとだ。
生憎、携帯電話は病室である。
往復するにもだいぶ距離があり、それを都度、心織に付き合わせる訳にもいかない。
だからと言って、こうしてこっそりここで逢っている煌輝を病室へ入れる訳にもいかない。
病室へ通せない何らかの理由があり、わざわざ千織が弟を伴ってまで、今ここで面会を行っているのだから。
困惑した表情で、じっと煌輝を見上げる。
「瑠輝、じっと見つめてどうしたんだ?」
どうやら瑠輝が喋れないことは、煌輝には知らされていないようだ。
ぱくぱくと口を動かす瑠輝に、心織は代わりにこう説明する。
「瑠輝くん、今は一時的に声が出ないようです。会話をする時は、筆談かジェスチャーで行うようにと兄から言われてます」
「――そう、なのか? 先ほどは、俺の名前を呼んだように聞こえたんだが」
にわかに信じ難いな、といった表情を煌輝は浮かべる。
確かに先ほど、微かで嗄れたものではあったが、瑠輝の口からは久しぶりに声が出ていたはずだ。自分でも驚くほどに。
だが今、再び声を出そうとしても、やはりいつも通り嗄れ声一つも出ない。
どうしてだろうか。
かすれていたとは言え、先ほどはその名を口にすることができていたはずなのだが。
「もしかしてあの晩のせいで、喉⋯⋯悪くしたのか?」
瑠輝は、質問の応えに窮する。
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