110 / 139
9-1
六月五日、誕生日前日。
この日は、朝から曇り空が拡がっていた。
貸し出しの入院着のみしか着るものがない瑠輝は、綿混の薄い素材のそれに、起床時から若干の肌寒さを感じていた。
――いよいよ梅雨かなあ。
出された朝食にはほとんど手をつけず、瑠輝はぼんやり窓から空を見上げていた。
独りになり、思い出すのは全て煌輝のことだけ。
無事だったんだ、とか瑠輝に逢いたいがため、何度も病院へ脚を運んでくれていたのだ、とか。きりがないほど、瑠輝の全ては煌輝に関することで埋め尽くされていく。
だが同時に龍臣の言葉が頭を過ぎり、その度瑠輝はパニックを起こしていた。
携帯電話を握り、連絡が欲しいと願っていた頃には、再会したことで瑠輝がこうなってしまうことを誰が予測しただろうか。
千織からその直後、瑠輝は大袈裟なほど何度も何度も謝罪を受けていた。
瑠輝は千織のせいだとは思っていなかった。
しかし、興奮状態で病室へと戻った瑠輝を訝しく思った医師が千織を問い詰め、煌輝のことこそ伏せはいたが、その弟が勝手に外へ連れ出したとのことで、その身勝手な行動から罪を問われてしまう。結果、瑠輝の直接の担当を外されてしまったのだ。
もう自分のせいで誰にも迷惑をかけたくない。
瑠輝はそう強く感じていた。
いつもこうなってしまうのだ。
自分が生まれてきたことで。
オメガとして、生まれてきてしまったことで、と――。
瑠輝はどうにもできないほどの歯痒さから、唇を大きく噛む。そして、密かにそっと決意した。
喋れなくても生きていける。
多少の不便はあるかもしれないが、声帯に問題はないと言っていた。
だとしたら、いつかまた、きっと話せる日が訪れるかもしれない。
明日でようやく十八になるのだから、学校へ行かずとも、これからは働きながら自由に生きていける。
どうせ高校卒業と共に、十八歳を迎えたオメガはシェルターを出なければならないのだから、その時期が多少早まっただけ。
たとえ番がいなくとも、この先“オメガ”としてではなく、独りの人間として生きていくことはできる。
明日になれば、自由だ――。
瑠輝は、病室にある備え付けの両開きタイプの広々としたクローゼットを開けた。
ハンガーの数に対して、そこに掛かっていたのは瑠輝がここへ運び込まれた時に着ていた学ラン一着のみしかなかった。
シェルターのスタッフも、瑠輝の退院時にはそれを着させるつもりだったのだろう。
最も、瑠輝の私服は片手で数えるほどもないため、その選択はあながち間違っていないのだが。
――だとすれば、身軽だな。
儚げに瑠輝はそう小さく笑うと、クローゼットからそれを取り出す。
千織や心織、親友の莉宇、そして大好きな煌輝の顔が浮かんだが、その全てを良き想い出に留めようと制服へ袖を通したのであった。
ともだちにシェアしよう!